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「60キロの渋滞ぃ?!」


由美さんが一生懸命見ていた夏の高校野球の中継はニュースによって寸断された。ブーブー言う由美さんや祐平、恭平を余所にニュース番組の上に交通情報と書かれたテロップが流れる。
私の言葉に広間に居たみんながテレビに釘付けになった。憔悴していた夏希もガバッと顔を上げてテレビを見た。


「ねぇ夏希。翔太、っていうか小磯くん大丈夫かな?」


そして夏希は何かに取り付かれたようにすくっと立ち上がった。


「ちょっ、ちょっと夏希どこいくの?!」
「健二くんが…」


玄関を飛び出そうとする夏希を追い掛ける。きっと今頃翔太達は渋滞に引っかかって大変な目に合っているだろう。逮捕どころじゃないし、何より小磯くんは冤罪だ。


「夏希、翔太達は車で行ったんでしょ?無茶だよ!」
「でも…」


すると近くで重厚感のあるエンジン音が響く。玄関に停められた万助おじいちゃんの陣内水産の車でないなら、ひとつしかない。


「理一さん…」


夏希と言葉がハモる。理一さんは軽快にバイクのエンジンを吹かすと、夏希に後ろに乗るよう促した。


「夏希、行っておいで!」
「えっ、あ、でも…」
「小磯くん細いからサイドカーに翔太と一緒に乗れるんじゃない?」
「わかった、行ってくるねなまえちゃん」


理一さんも気を付けて、そう言い終わると同時にバイクは発進した。段々とエンジン音が小さくなっていく。


「理一さん大人だな…。やっぱかっこいい」


ポツンと言葉を吐き出して、私は体を翻した。目指す場所は決まっている。納戸だ。


「佳主馬っ!」
「なまえ姉ぇ…」
「ねぇ、どうしたらいい?どうすれば…」
「落ち着きなよ、なまえ姉ぇらしくない」


納戸の暗がりだと言うのに佳主馬の真剣な瞳とかち合ってドキリとした。


「ご、ごめん」
「なまえ姉ぇ今何が起こってるか分かる?」
「大まかには」
「上等。リベンジするよ、相手はラブマシーンっていう人工知能。あいつはゲームが好きなんだ」


瞬時に今朝、この部屋で起こっていたことを思い出す。あの時はタチの悪いゲームかって思っていたが、私が思う以上にタチの悪い代物のようだ。


「勝てるの?」
「僕を誰だと思ってるの」


ムスッとした佳主馬におずおずと答える。


「…キングカズマ」
「そういうこと」
「私に出来ることある?」
「うん、相手も学習してるから真っ正面からぶつかってもダメ」


佳主馬と狭い納戸で顔を寄せ合って作戦を立てる。するとちょうどいいタイミングで複数の足音がこちらに向かったいることに気付いた。


「帰って来たんじゃない?」
「え?」


納戸からひょこっと顔を出す。


「夏希!それに理一さん、小磯くん!と翔太」


ついでかよ!と翔太は荒々しくいうと納戸にドカリと胡座をかいた。それに小磯くんや夏希も倣う。そして沢山開かれたウィンドウがモニタを埋め尽くすパソコンを見つめた。神妙な面もちの小磯くんの友人、佐久間くんも映っている。


「ラブマシーンの仕業に決まってんだろ!例のパスワード、あれで人のアカウント盗み放題だ」


佐久間くんがモニタ越しに小磯くんに言う。それに口を挟んだのは夏希。夏希は私以上に機械が出来ない。


「アカウントって?」
「OZ内での身分証明。OZの高いセキュリティー能力が裏目に出てるんだ」


佳主馬が素早く夏希の言葉に答える。その言葉に抑制はない。たらりと流れる汗に、夏の暑さを思い出す。私はそっと納戸を出た。麦茶のボトルに人数分のグラスを用意しよう、今私に出来ることはこれぐらいかもしれない。


「はぁ、どうしたらいいんだろ。問題が大き過ぎるよ…」


カチャカチャとグラスが擦れる音がする。お盆の上のグラスをひっくり返さないように気を配りながら廊下を行く。開け放された栄おばあちゃんの部屋。前を通るついでに中を覗き込む。


「千さん、あんたの決断に掛かってるんだ。そりゃあ確かに人手はかかる。けど人の命には変えられないだろう
?」
「さか、えおばあちゃん…」


ひっきりなしに黒電話をその細い指で回す。古い手紙や写真が畳の上にひしめき合っている。


「何千何万という人が困ってる。ここで頑張らないでいつ頑張るんだい?」
「諦めなさんな、諦めないことが肝心だよ」
「これはあんたにしか出来ないことなんだ。あんたなら出来る。出来るって!そうだよ、その意気だよ!」


盗み聞きなんてよくないって分かってるのに私の足はそこに根が張ったように動けなかった。すると、ぽんっと肩に軽い衝撃が走って心臓が跳ねた。


「か…ずま」


それに夏希や小磯くん、翔太もそこにはいた。


「今話してた小幡って警視総監だぜ…」
「すごい…」


みんな唖然とも感嘆とも言えぬ表情のまま栄おばあちゃんを見ていた。小磯くんがぽつりと吐き出す。


「みんな…おばあちゃんに励まされてるんだ」


自然と笑顔が溢れた。今4人の気持ちはひとつになっていたと思う。再び納戸に向かった。佐久間くんとまたモニタ越しに会話をする。


「間違ったパスワード入力すると暗号が出てくる」


適当に小磯くんが入力したパスワードに対して佐久間くんが言った通りに数字が羅列する。


「これが、暗号…?」


私もそれには夏希と同じ意見だった。ただの長ったらしい数字にしか思えないのだから。円周率かと思えるぐらいに長い長いそれを見るや、小磯くんはレポート用紙にシャーペンを走らせた。


「こいつ、何者?」
「数学オリンピックの日本代表」


に、なりそこねた者です。と小磯くんは軽く言って退けると、解けた暗号をパソコンに入力した。


「は、入れた」


その場に居たみんなが同じ言葉を発した。小磯くんって意外にすごいんだな、なんて少し肝心した。


「朗報だ健二」
「え?」
「ゲートのセキュリティーログによると昨夜の暗号を解いたのは全世界で55人もいる。だがな、なんとその中にお前は含まれていなーい!」
「な、なんで?!」
「最後の一文字が間違ってまーす!ブブー」


佐久間くんが場違いなぐらいに明るくおちゃらけて言った言葉に、翔太は犯人じゃねぇのかよと悪態をついた。


「小磯くんのこと見直したよ」
「あは、あはは…」


夏希にも笑顔が戻っていたし、少しだけホッとした。まだ根本的には解決していないし、いい方法も見つからないがひとまずと言った感じ。



11.04.11