gotta | ナノ



チビ達は意外にも大人しく、居間のソファにごろんと寝転がってピコピコとDSをいじる。真悟と祐平は思い思いに手を動かす。そんな2人に目を配らせながら私はパソコンでレポートを作成する。
遅めの朝ご飯を食べた後はこうして居間で過ごしている。プールが飽きたらしい2人は今はゲームに熱中している。真緒は今は夏希達と一緒にお誕生日会の練習に参加しているらしい2人もそっちに参加していたらどんなに平和か。ハッピーバースデーの歌が遠くから聞こえる。


「ったく概論だとか理論だとか人間学だとか心理学だとか堅苦しいのは苦手……はぁ」


言っても仕様がない、と割り切って手を動かす。
真悟や祐平がゲームで盛り上がっていたが気にしない気にしない。心を無にしてひたすらにキーボードを打つべし、打つべし、打つべし!
ふ、と顔を上げるとさっきまでごろごろしていた真悟や祐平はいなくなっていた。


「やばっ、もうお昼じゃん」


データを上書き保存してからパタンとパソコンを閉じた。そして一息ついてから立ち上がった。静まり返ったその空気はどこか不思議なものがあった。きっと今頃大広間にはお昼ご飯を食べる親族で賑やかにごった返しているだろう…が。


「あれ?」


いるにはいた、がみんなそうめんを口に運ぼうとして手が止まっている。万理子おばさんに万助おじいちゃん、万作おじさん、太助おじさん、それに奈々さんはみんな時間が止まったように固まっていた。


「みんな何してんの?っていうか呼んでよー」


ちょうど同じタイミングでお誕生日会練習組の夏希や直美ちゃん、聖美さん、典子さん、由美さんが入ってきた。


「なまえちゃん何やってんの?」
「ごめん、私も今来たとこ。なんかテレビが…」
「あっ」


私がテレビと言ったと同時に夏希は駆け出して、身を乗り出した。それに私も続く。


「あれ?この顔どこかで」


直美ちゃんの呟いた言葉に糸が一つに繋がったような気がした。


「これって、小磯くん…?」


しかし私のその小さな呟きはママチャリで庭に乱入してきた理香さんにかき消される。


「夏希ぃ!あんたこれどういうこと?!」
「あいつと別れろ!今すぐ!」


そして同じくしてやってきた翔太。バタバタと2人は大広間に乗り込んできた。


「今役所のOZで住民基本データ内緒で検索したんだけどさぁ、旧家の出なんて嘘!普通のサラリーマンの息子じゃないの。しかも高校生よ、年下よ」
「今交番にファックスでこれが!ほらっ!」
「どこが東大よ!どこがアメリカ留学よ!」


まくし立てる理香さんに、ぴらりと顔写真を見せる翔太。そしてざわめくみんな。私を見る夏希。頭が痛い、助け舟なんて出せそうにない。


「それは…」


弱々しい夏希の声に頭を抱えた。ちらりと栄おばあちゃんを見ると、全く動じてないようで驚いた。


「俺行ってくるわ!」
「ちょっと翔太!」


私の制止も聞かずに、顔写真もそのままに翔太は走り出した。そんな翔太に私は続いた。


「ちょ、翔太待ちなって!」
「うるせぇ!居たっ!」


ドドドと後ろを振り返れば理香さんを始め、万理子おばさん、万作おじさん、万助おじさん、直美ちゃん、典子さん、由美さん、奈々さん、それに理一さんまで勢揃いしていた。そしてぎゅうぎゅう詰めな大人達は一斉に雪崩れ込んだ。私は離れていた為助かったが、すごく重そう。もみくちゃの中から夏希が申し訳なさそうに顔を出した。


「えへへ、バレちゃった」


苦笑いも一緒に。
そしてゾロゾロとまた大広間に向かう。床の間に飾った真田氏の六銭文が輝かしい甲冑の傍に、甲冑のように厳つい顔をした万理子おばさん。そして夏希に小磯くんに私。


「なんでこんな嘘吐くのよ。嘘まで吐いておばあちゃんが喜ぶと思う?」


夏希はふるふると頭を振る。私達の右横には直美ちゃんが、後ろには仁王立ちした理香さんが聳えている。


「プロフィール聞いた時から怪しいと思ってたのよねー」
「まぁ、東大出身で旧家の出でアメリカ帰りならうちにも一人いるけどさ」


直美ちゃんと理香さんから厳しい言葉が投げかけられる。ちょうど離れの廊下を詫助さんが歩いているのが見えた。


「あら、そういえば詫助も…」


万理子おばさんが納得したように離れたところにいる詫助さんを見ながら言った。


「確かに、でもなんで?」
「まてよ、そういえば夏希の初恋って…」


あー!と2人が人差し指を向かい合わせて納得していた。その様子がおかしくて笑いが止まらない。


「そうよ、翔太より詫助にいっつもくっついて」
「幼稚園児の癖に恋占いとかしちゃってさ」
「おじさんと私ってタイトルで作文書いてたじゃん」


万理子おばさんと直美ちゃん、理香さんの人差し指が夏希に向いた。茹で蛸のように真っ赤になった夏希は叫んだ後崩れ落ちた。


「くっくっくっ、あはっ…夏希ってば…おかしー!」


堪えられなくなって吹き出した私に意地悪く直美ちゃんが言葉を投げかける。


「なまえあんたもあんたよ。悪さに加担して」
「それは…その」


もごつく私に更に言葉を投げかける。理香さんと一緒に。


「それにあんただって夏希のこと笑えないでしょ?夏希と違ってあんたは理一にべったりだったんだから」
「あーそれ知ってる!お手製の婚姻届を作ったやつでしょ」
「そうそう。あと恋のおまじないが…」
「ちょっ、ちょっと止めてぇ!」


夏希と同じく突っ伏す私。恥ずかしくてもう理一さんを見ることが出来ない。


「どうでもいいっつうか、問題はこいつが犯罪者だってことじゃねぇのかよ!」
「確かに…」
「そんな人うちに置いておけないわ」
「あんた警察でしょ。身柄確保とかすれば」
「…あ、そうか」


私と夏希が撃沈している間に小磯くんの細い手首には手錠が掛けられた。たどたどしい翔太を尻目に栄おばあちゃんは小磯くんに声を掛けた。


「ニュースでやってること、あれ本当にお前さん?


栄おばあちゃんは湯飲みを片手に、しかし威厳は持ち合わせたままに小磯くんに尋ねた。


「私には何が起こって、誰が困っているのやらよく分からない。あの写真は間違いなくお前さんなの?」
「僕は無実です」


すぐに小磯くんは返事をした。それをシャットダウンするように翔太が邪魔をする。


「言い訳は署で言えや、ああん?」


凄みで小磯くんを圧倒しようと思ったようだが、それは小磯くんには効いていなかった。ずるずると翔太と繋がったまま栄おばあちゃんに近付く。


「あの、こんなことになってあれですけどここに来れてすごく楽しかったです」
「はあ?!」
「おだまり!」


茶々を入れる翔太を栄おばあちゃんが一喝する。すごすごと翔太は下がった。


「うちは父が単身赴任中ですし、母も仕事が忙しくて家では大抵一人です。大勢でご飯食べたり、花札やったり、こんなに賑やかなのは初めてっていうか…。嬉しくて。とにかくお世話になりました。皆さんもお世話になりました」


小磯くんが栄おばあちゃんにお礼を言った後、大広間のテレビの前に集まるみんなにも言った。それに思い思いにみんなが返事を返す。
そしてしんみりとした空気を残したまま小磯くんは翔太に連れられて行ってしまった。



11.04.10