gotta | ナノ



「栄おばあちゃん、ハヤテおはよー」


まだ覚醒しきらない頭を抱えて庭に出た。とりあえず着替えただけな格好に栄おばあちゃんが苦笑した。


「そんなんじゃ理一に笑われるよ」
「なっ!そ、そん時はちゃんとするよ」
「陣内家の女なら常に気を張っていないとね」
「……はぁい」


ギクリ、と痛いところを突かれて私は返事するしかなかった。そして持って来たハヤテのリードちらつかせた。途端ハヤテは嬉しそうに私の周りを駆け回った。


「栄おばあちゃんも行く?散歩」
「そうだねぇ、今日はやめとこうかね」
「え?」
「こっちにも手を掛けてあげないといけないからね」


こっち、と栄おばあちゃんは庭に幾つも幾つも置かれている朝顔の鉢に目をやった。


「じゃあ行ってくるよ。今日は畑行かなくていい?」
「そうだね、いいのがあったら取ってきておくれ」
「分かった」


栄おばあちゃんは手近なところにあった園芸バサミと袋を私に渡した。そして私は強くハヤテのリードを握り締め栄おばあちゃんに振り返った。


「それじゃあ行ってきます!」
「あぁ気を付けるんだよ」


手を振る栄おばあちゃんに、同じく手を振り返して私は駆け出した。ハヤテも嬉しそうだ。軽やかに走るハヤテに必死で食らいつく私。しかしそれも長くは続かない。


「は、は、ハヤテ…少し歩かないかい?人間と犬はね体の構造や身体能力が違う訳で…はぁ、はぁ」


ノンストップで駆け出すハヤテに次第に息が切れる。朝の心地良い空気に頭は冴えるも、肺活量は変わるはずもなく私はバテていった。ハヤテはまだ走り足らんと言わんばかりの視線を私に浴びせる。


「分かったけどさぁ、ちょっとは休ませてよ」


くぅーん、と名残惜しげに鳴くハヤテの頭を撫で付けて歩みを弱めた。いつもの散歩コース、そしてまた畑に寄り道する。


「トマトと、きゅうりとー…茄子はまだいいかな」


リードを手放してもハヤテは利口で畑を走り回っていた。黄色い蝶を追い掛けたりと大忙しなハヤテを見ると笑みがこぼれる。


「ハヤテっ!」


私の言葉にぴくんと反応すると駆け寄ってくる。
八つのトマトに二本のきゅうりが入った袋を右手に携えてハヤテと共に来た道を帰る。ぐいぐい引っ張る様はつまり、そういうことで…。


「分かった、分かったからハヤテ」


すうっと大きな息を吸って深呼吸。そして二、三回屈伸運動をして走った。陣内家の前の坂もとにかく走った。
そして息絶え絶えに勝手口を開ける。ハヤテのリードを手放したがハヤテは傍をくるくると走り回っていた。


「はぁ、はぁ、ま、万理子おばさ…奈々さん、聖美さん…おはよ…。こ、これ」


ガサッと袋を差し出せば、それを聖美さんが受け取った。


「ご苦労様。なまえ、あんた昔っからハヤテの散歩だけは欠かさないのよねー。えらいえらい」
「それって褒めてるの?」
「褒めてる褒めてる」
「ん、じゃあ任せたから」


バタンと勝手口を閉めてハヤテと共に玄関の前を通り井戸を目指す。ポンプで汲み出す水は清々しい。もちろん玄関を通る時にハヤテの水飲み用のボールを取る。


「あ…万助おじいちゃん、太助おじさん、理一さんに真緒。おはようございます」
「おはようさん、早いじゃねーか」
「おじいちゃんこそ。私はハヤテの散歩帰り」


しゃこしゃこと歯磨きに一生懸命な真緒や太助おじさん、理一さん。溢れ出る井戸水をすっとボールに掬いハヤテに差し出すとハヤテは待ってましたと言わんばかりに飛びついた。私も喉が渇いたが、ハヤテのその様をしゃがみ込んで眺めていた。


「なまえ」
「理一さん?」


振り向けば理一さんは歯磨きが終わったのか口元を拭いながら私の方を見ていた。特に呼ばれるようなことが浮かび上がらなくて疑問符が浮かぶ。


「土曜日にある上田わっしょい、行こうか」
「え?誰と誰が」
「俺となまえが」
「なん、で?」
「サイドカーに乗せるって言ったろ?」
「あ…うん」


じゃあそのつもりで、理一さんはそう言うと行ってしまった。


「お祭りいいなぁー」
「真緒達も行く、でしょ?そんで次の日は栄おばあちゃんのお誕生会」
「うんっ!」


真緒もまたキラキラとした笑顔を振りまいて行ってしまった。真緒や真悟や祐平や加奈だっているし、もしかしたら翔太や夏希や佳主馬や小磯くんもいるかもしれない。なのにどこかで2人きりだったらどうしよう、なんて考えてしまう私がいて激しく頭を左右に振った。後ろでなまえ大丈夫かぁ?なんて間延びした太助おじさんの声が
聞こえたが関係ない。
そして私自身も身支度をするべく立ち上がった。



11.04.10
やば!超スッピンじゃん…!理一さんに笑われる…!