「佳主馬ぁーご飯だよー」 猫か犬かを呼ぶような声音に納戸に居た佳主馬は怪訝そうに眉根を寄せた。私はあの後、少し落ち着いた食卓からお刺身や揚げ物を頂戴してこうして夕ご飯を運んでいる。ちょこんと乗った2つのおにぎりは私のお手製だ。 「はいっ」 「…ありがと」 「ちゃんと来た方がいいよ?揚げ物とかだって出来てがあるし、まぁ五月蝿いけど楽しいし」 「あ…うん」 「OZもほどほどにね。ちゃんと洗い物は持ってくるんだよ」 用件だけを伝えて扉に向かうと佳主馬はシャカシャカと音が漏れるヘッドホンを付けモニタに向かった。けども、右手はおにぎりに伸びていてお腹は減っているようだった。 「中学生って難しい年頃だね」 私の一人言は廊下の空気に混ざって消えた。ちょうどお風呂場の前を通った時に賑やかな声が聞こえた。あぁ夏希がチビ達と入ってるんだと思うと少しだけ楽に思えた。 「聖美さーん。佳主馬に餌あげてきたよー…ってあれ?」 言われたように片付けや洗い物の為に大広間に戻ってくるや、その異様な雰囲気に足が竦む。大人達が揃いも揃って縁側の先を見つめているのだから。理一さんどうかしたの?と問い掛けようと近付いた時、栄おばあちゃんの凛とした声が響いた。 「侘助」 侘助おじさん、胸にずんとその言葉が沈んでいく。栄おばあちゃんと侘助おじさんのやりとりをぼっと見つめていると第三者が現れて、そちらを見ると小磯くんも突っ立っていた。 「おじさん、侘助おじさんっ!」 「夏希?夏希か」 「嬉しいっ!帰ってきてたのね」 夏希は飛び出すと侘助おじさんに抱き付いた。ぽかんとした小磯くんの顔が印象的で目が離せなかった。 「もう十年か」 「早いわねぇ」 私が台所であと少しといった洗い物に勤しんでいると、背中で女性陣の井戸端会議が始まった。私のことはてんで無視ですかコノヤロー。 「あのー侘助さんって?」 「奈々ちゃんは初めてだったね」 「色々複雑なのよこれが」 「複雑なもんですか。本家の養子よ一応」 万理子おばさんがぴしゃりと言った。そして直美ちゃんが補足した。 「簡単にいえば大じいちゃんの妾の子」 私はだいぶと前に聞いていたから驚きもせずに、洗い物を進められたが奈々さんはびっくりしたように声をあげた。 「昔はよくある話だったのよ」 今度は穏やかに万理子おばさんがゆっくりと湯飲みのお茶を啜りながら言った。しかし理香さんはまだ腸が煮えくり返っているようで、箸と同じくらい口が進んでいた。 「あいつはねぇ、勝手におばあちゃんのなけなしの山を売って、勝手にそのお金持ち逃げして、勝手にアメリカ行って…ようするに勝手な奴なのよ!」 苦笑しながら最後の皿の泡を洗い流した。 「おっ、よくやった流石我が娘」 「そういう時だけ娘扱いして」 「あらそーお?ま、ゆっくり休みなさい。明日もチビの相手でしょー」 ははは、とここでも苦笑い。チビ達の母親である由美さん典子さん奈々さんからの、よろしくーという言葉を背中に受けて台所を出た。チラリと大広間を見るとそこには侘助さんも夏希もいなくて、小磯くんだけがぽつんと座っていた。 「小磯くん?」 「あ…えっと」 「なまえさんでいいよ」 「はいなまえさん」 冗談で言ったつもりが小磯くんはそのままの意味で受け取ったらしい。なまえさんだなんてむず痒いが面倒なのでそのままにした。 「何で小磯くん一人で花札してんの?」 「あっ、いや…さっきまで夏希先輩と侘助さんが」 「ふーん?なるほど、夏希が欲張って四光を狙おうとしてたところカスで侘助さんに上がられたってとこかな?」 「何でそれを…」 見れば分かるよ、と小磯くんに花札をレクチャーした。意外にも小磯くんは飲み込みが早い。 「役なんかは取説見ながらやればいいよ。慣れるまでは」 「はい、ありがとうございます。なまえさんは花札強いんですか?」 「どうかな。引きが弱いらしいけどね、栄おばあちゃん曰わく」 練習台ぐらいお安い御用だからね。片付けた花札を手に立ち上がる。小磯くんもそれに倣った。 「来たばっかりで疲れてるだろうし、ゆっくり休みなね」 「はい、お休みなさい」 小磯くんと別れて二階を目指す。チビ達も寝たのか静かで心地良い。階段を向かう前に遠目で納戸の方を見るとまだぼんやりとした光で溢れていた。 「ったく何しに来たんだか」 ここで納戸に向かう辺りどうやら私はとんだお人好しのようだ。モニタに視線は釘付けでどうやら気付いていないらしい。昨日みたいに冷たい麦茶を持ってくれば良かったと少し後悔した。今日は月並みで行こう。 「わっ!」 ドッと肩を叩けば怪訝そうな佳主馬。じとっとした視線が痛い。 「気付いてたよ」 「あ、そう」 「何か用?」 「いや、納戸から光が漏れたからさ。まだ居るのかなぁって」 カタカタとパソコンに向かいながらもポツリポツリと返事が返ってくる。 「そういえば今日全員集合してたよ。理一さんも居たし、あと侘助さんも」 「侘助?」 「あ、佳主馬は侘助さん知らないか。徳衛おじいちゃんの子供、かな」 「ふーん?」 抑揚のない言葉から感情は読み取れない。カタカタという音は止まない。 「あと翔太が暴れてた」 「翔太兄ぃが?」 「夏希の婚約者なんて俺は認めねぇ!ってさ。大変だったよー私の手を取って力説してくるしさ、翔太ほんとキモい」 「うわ」 容易に想像出来たのか佳主馬は珍しく笑っていた。その姿に少しだけ胸につっかえていたものがなくなったような気がした。 「とにかくさ、明日の朝ご飯には顔見せなよ」 「……」 「じゃ、おやすみ」 「ん、おやすみ」 今度こそ私は二階の自室に向かった。今日は色々なことがあってどうやらぐっすり眠れそうだ。 11.4.10 |