gotta | ナノ



「じゃあよろしくね!」


強引に押し切られることで可決した、夏希の婚約者騒動に見事に私は右足を突っ込んでしまったようだ。苦笑いする小磯くんのことを思い出すと、掌を合わせてご愁傷様と言いたい。
とぼとぼと水撒きが終わり、今起こったことを整理しながら歩いていると大きなエンジン音が玄関の方から聞こえた。この音を私はよく知っている。サイドカーで何度も聞いているのだから間違いない。
手にしていたじょうろを放り出して駆けた。がらん、と大きな音を立ててそれは主張したが関係ない。


「理一さんっ!」
「おーなまえか。すごい出迎えだな」


にやりとする理一さんに思わずパーカーのチャックを閉めてから駆け寄る。
気を付けなさいよ、とすれ違い様に言う理香さんも意味ありげに含み笑いをしていて気持ち悪い。


「理一さん久しぶり。休みとれたんだね」
「あぁ、なんとかね。連絡があったら行かなきゃならないけど」


理一さんは私の頭をぽんぽんと撫でると、バイクのキーを抜いて玄関へと向かった。


「で?いつから上田はハワイになったんだ?」
「ち、違うの!チビ達をプールに入れてただけで」
「別に俺は大歓迎だけど?」
「へ、変態!」
「侵害だな」


理一さんは笑いながら私物を持って部屋に向かった。そんな理一さんの背中に言葉を投げる。


「もうすぐ晩御飯だからね!」


そして私の言葉にひらひらと手を振って角を曲がって行った。
昔から夏希は詫助さん、私は理一さんといったようにそれぞれに懐いていた。よく夏希とどっちがいいかで言い合ったりもした。夏希なんかは私とおじさん、なんていう作文も書いたりしていてすごかった。その気持ちは今も変わらず憧れのままだ。


「あ、あの設定って詫助さんだったんだ」


ぽつんと一人ごちた言葉に返事はなくホッとする。そして夏希も同じように未だに変わらない憧れを抱いてることを知った。


「なるほどね。まぁなるようになるか…。とりあえずお風呂行ってこよう」


さすがにいつまでもこのままという訳にも行かないし、そのままお風呂場に向かう。ビーチパラソルや日焼け止めの効果もあってかお湯を被ってもびくともしない体にホッとした。素早く、しかしながら入念に体や頭、顔を洗ったところでお風呂を出る。チビ達と一緒だと一時間は優に掛かる。
部屋着に着替えてわしゃわしゃとハンドタオルで頭を拭きながら先程来た廊下を歩く。そして騒がしい座敷へと向かう。


「あっ!こらなまえ、あんたねぇ」
「出たっ!」
「出たって何よ出たって!あんた何もしてないんだから片付けと洗い物担当だからね」
「…はぁい」


全く先に風呂になんか入って良い御身分よねー、とぶつくさぼやく直美ちゃんとは距離をとって理一さんの隣に座る。右隣は理一さん、左隣は夏希。夏希の向こうには小磯くんが見える。どうやら今から小磯くんに親戚の紹介をするらしい。


「えーっと、揃ったしじゃあ紹介するね」


これは夏希が小磯くんに言った台詞。どうやら待たせていたようで、じとっとみんなの視線が纏わりついた。愛想笑いと一緒に掌を合わせてごめん、とデスチャーを加える。


「まずは本家の万理子おばさんにおばさん家の理香さんと理一さん。こっちが万助おじさんに太助さん、直美さん。聖美さんに太助さん家の翔太兄ぃ。で、こっちが万作おじさんにおじさん家は男三人兄弟で、頼彦さんのお嫁さんの典子さんと邦彦さんのお嫁さんの奈々さん。克彦さんのお嫁さんの由美さんに由美さん家の祐平と恭平。で、奈々さん家の加奈ちゃんと典子さん家の真悟と真緒。最後に私の隣にいるのが直美さん家のなまえちゃん。覚えた?」
「…はぅ…いや…どうかな」


夏希の舌のよく回ること回ること。ペラペラと素早く紹介し終わると、小磯くんに投げかけた。我ながら親族集まるとすごいなぁなんてみんなの顔を見回す。翔太なんかは夏希の婚約者という名目の小磯くんが気に入らないのかムスッとしている。


「まぁとりあえず、よろしくー」


直美ちゃんの声にみんなもよろしくー、と続き宴会が始まる。みんなビール瓶やらジュースの瓶に手を伸ばす。


「はいっ」
「あ、理一さんありがとう」


理一さんが素早くジュースの瓶を開けて夏希のグラスに注ぐ。そして私に声を掛けた。


「なまえはビールだっけ?」
「私夏希と1つしか変わらないんですけど!」
「そうだったか、ごめんごめん。来年の今頃になったら注いであげようか」


とくとくと注いでくれたオレンジジュースをぐびっと喉に流す。夏希が理一さんから受け取った栓抜きでビール瓶の栓を抜いて、理一さんのグラスに注ぐのをじっと見つめる。


「何?なまえ怒った?」
「別にー」
「お、怒ってる怒ってる」
「怒ってないです」
「またサイドカーに乗せてやるから。そうだ祭に行こうか」


理一さんは空いてる左手で私の頭を撫でた。お風呂上がりで若干の湿り気を帯びた髪だというのに理一さんは気にする素振りもなく大人だ。私はただ何も言葉を返すことが出来ず、烏賊刺しを頬張るしかなかった。


「あ、そういえば…」


ぴたりと箸を止め、直美ちゃんと聖美さんの隣までずりずりと四つん這いで移動する。途中太助おじさんに笑われた気がしたが特に気に留めない。


「聖美さん、聖美さん」
「なぁになまえ」
「そういえば佳主馬は?」
「納戸よ。声掛けたんだけどねー」
「ったくこれだから中坊は」


あんたも中学のとき似たような感じだったけどねー、とビールを煽りながら言う直美ちゃんを華麗に無視した。しかしそんな茶化す直美ちゃんとは反対的に聖美さんは、良かったら後で見に行ってあげて?と私に耳打ちした。分かった、と私が聖美さんに伝えようと口を開いた瞬間翔太が声を荒げて立ち上がった。


「何が身内だよじぃちゃん!俺は認めねぇぞ!」
「翔太五月蝿い」
「てめぇは黙ってろ!」
「てめぇとはなんだ親に向かって!」


翔太と太助おじさんの言い合いが始まって。うなだれた私はおずおずと理一さんの傍に帰ろうとした時だった。


「俺は夏希がこんなちっちゃい頃から全部見てんだ」
「どんなちっちゃいのよー」


由美さんとハモった。


「この又従兄弟の俺に断りもなしにだな…」
「又従兄弟、遠いなぁー」


これは聖美さんとハモった。そして沸いた笑い声に先程まで威勢の良かった翔太はたじろいだ。それで終わりかと思いきや翔太はぎんっと私を見ると私の手を取った。


「ぎゃっ!何翔太キモい」
「キモいとか言うな!なまえなら分かるよな!」
「夏希の好きにしたらいいんじゃない?又従兄弟の翔太の許可なんていらんでしょ」


ぱっと手を振り解いて元居た場所に戻る。しゅんとした翔太が可笑しく思えた。


「何だっていいの母さんが認めれば。うちはそうやって廻ってるの」


私が理一さんの隣に戻ってきたと同じタイミングで万理子おばさんは穏やかに言った。


「ばあちゃんが認めたって本当かよ!」
「もちろん、健二さんはうちの立派な婿さんだ。私の目に狂いはないよ」


まだ引き下がらない翔太に今度は栄おばあちゃんが答えた。


「陣内家の人間に半端な男はいらない。じゃなきゃ家族や郷土を守れるものかい」


流石栄おばあちゃん!と感嘆していると、万助おじいちゃんがそれに同意しいつもの武田軍団の話が始まった。私はそれを流し聞きながらご飯を再開させた。第一次上田合戦の様子を立ち上がり演じる万助おじいちゃんはだいぶ酔っているようで顔が赤い。
いつもの陣内家も好きだけど、賑やかな陣内家はもっと好きだった。



11.4.10