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一枚の真新しい羊皮紙を握り締めて、真新しい黒いヒールをかつんと鳴らして冷たい石畳を歩いた。まだ卒業してさほど時は経っていないというのに懐かしさは一入。まさか職員となり帰って来る日が来ようとは思ってもみなかった。校長室に向かう足取りは緊張からか覚束無い。


「…あの、落ちましたけど」


私の靴音以外にすっと聞こえて来たその言葉に振り返ると、整ったなんとも中性的な面立ちの男の子。


「ご、ごめんなさい」
「いいえ。……先生?」
「はい」


目の前の男の子の視線が私の頭から足先まで巡っていくのを感じた。


「な、何かな?」
「ネクタイ、曲がってますよ」
「ごめんなさい」
「いいえ…ただ、頭低過ぎ」
「え?」


あまり容易く生徒に謝るのは如何かと思いますが?あと、先生だったらもっと胸を張ってみては?
かちん、と見事な音が頭に響いた。
男の子はそれだけを言うと革靴を響かせていなくなった。

この最悪なファーストインプレッションから数日後また邂逅することになる。


「あ」


思わず声が出た。
広い廊下にそれは木霊した。

ホグワーツの仕事は思った以上に大変で、時には先生方の助手役も買って出る。
生徒に先生、と呼ばれることは嬉しいがその例外もまた然り。


「あ」


相手も同じように声を上げ、この間の…と続けた。
魔法薬学のスラグホーン先生の助手を勤めた時に見掛けたその男の子は初日私にかちんとくる毒舌を浴びせかけた張本人だ。


「ミスターブラック…」
「よくご存知で」
「何だって分かるんだから」
「そうですか」


子供なら子供らしくしなさいよ!と口から出そうになったがぐっとそれを飲み込んだ。


「何か御用ですか?」
「私もこっちに用があるの」
「奇遇ですね」
「そうですね!」


つっけんどんに返すと左肩の方からくすりと笑う声がした。それに羞恥が煽られる。
そして右と左に別れた突き当たりに来たとき、見事に両者は正反対の道を選んだ。少しほっとした胸をなで下ろした。左に曲がって行ったレギュラスブラックの足音が小さくなっていく、と考えていた途端その音は止んだ。不審に思いチラリと振り返るとそこには廊下にただぽつんと立ち止まるレギュラスブラックの姿。


「言い忘れましたけど」


またネクタイ曲がってますよ、ニヒルな笑みを見せたかと思うとレギュラスブラックはすぐに身を翻して居なくなった。



10.1.21
(10.1.26up)
8、9つぐらい歳は離れてる感じで。
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