悪戯仕掛け人に紛れ込んで私は廊下を駆け抜けた。後ろからはカンカンに怒ったフィルチ。そこにジェームズやシリウスの笑い声が廊下に響いて、気持ちが更に高潮した。
「よし、ここで二手に別れよう」
ジェームズの声に皆が同意し、迎えた三叉路で二手に別る手筈となった。その場に差し掛かった時、くいっとシリウスに腕を引かれ私はそれに従った。
「ねぇシリウス…」
「静かに」
手近な場所にドアノブを見つけシリウスはそれを捻り2人で入った。空き教室かと思ったがそれは違い、そこは埃っぽい物置と化していた。思わず上げた声にシリウスは右手で制した。すぐそばで大きな足音とフィルチの小言が聞こえた。
「…行ったみたいだな」
「出る?」
「いやもうしばらく様子を見よう」
「うん」
走っていた時は感じなかった汗が止まった途端にドッと堰を切ったように出てき、私はローブを脱いで首もとのネクタイを緩めた。
「汗かいたー」
「確かに」
「シリウスもローブ脱いだら?」
「ん…」
ちらりとこちらを見たシリウスが何故か固まったのが分かった。
「どうしたの?あっチョコ食べる?」
スカートのポケットに手を突っ込むとカサカサとお菓子の気配がした。
「あ、のさ」
「何?」
「もしかして」
「ん?」
可愛らしい紙に包装されたチョコをシリウスに差し出した。
「何?シリウス…」
「今日ピンク?」
「は…?」
訪れたしばしの沈黙は思考回路が許容範囲を超えたから。ピンク、の言葉に該当するものを思い出しそれに目を向けた。ワイシャツから透けて見えるそれに顔が熱くなる。
「し、しっシリウスのばかぁ!」
「うわっ」
自分の脱いだローブをシリウスに向かって放り投げた。頭からローブを被ったシリウスは突然のことにわたわたしていた。私は肩を抱いてそんなシリウスから背を向けた。
「わ、悪い…」
「別に」
「怒ってんじゃん」
「怒ってない」
「声が怒ってる」
ローブが外れたシリウスはそれをそっと私の背に掛けながら言った。
「にしてもなまえも女だったんだなー」
「なっなっ…!」
カッと、ローブを掴んだ手とは別の手でシリウスの頬を叩いた。その乾いた音は埃っぽい物置に響くのには十分で、少しの罪悪感が生まれた。
「いってぇ!」
「シリウスが失礼なこと言うからじゃない!」
「だって本当のことだろ」
「私だってシリウスのこと男の子だなんて思ってない!」
「それはねぇだろ」
「だって本当のことだものっ」
しばらく、はぁはぁと息が切れるぐらいに2人して言い合った。もうどれぐらいこの物置にいるのだろう。汗も引いたしきっと今頃ジェームズ達も探しているだろう。そう思い私はローブを羽織り、ネクタイを締め直した。
「なまえ」
ふいに掛けられたシリウスの声にどきっとした。
「な、何?」
「さっきのことだけど」
もごもごと言い辛そうに詰まるシリウスに耳を傾ける。
「あれ、言葉の文だから」
「うそ…」
「とにかく俺はそうだから」
「ずるい」
シリウスはぷいっと恥ずかしいのかそっぽを向いた。私の言葉は狭いこの部屋に広がった。そんなこと今更言うなんてずるい。私だって言葉の文、勢いだよ。なんて恥ずかしいから言わない。
私はそのままパタパタとローブを叩いて、ひやりとしたドアノブを捻った。
09.12.13
勢いで思ってもないことを言ってしまう。