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「みょうじ」


レギュラスブラックの声は騒がしい廊下でもよく通るバリトンで、私の耳にすぐ届いた。


「何?」
「スラグホーン教授が呼んでる」
「そう、ありがとう」


私はレギュラスブラックが嫌い。つんとした態度、狡猾さ、計算高いところも何もかも。ブラック家のブランドを背負うだけはある。兄のシリウスブラックの方がまだ好感が持てた。
私はスラグホーン先生の元へ向かう為、レギュラスブラックの横をすり抜けた。


「みょうじ」


また名前を呼ばれて、ピタリと足は止まり振り返る。


「何ブラック」
「スカート捲れてる」


カッとなり素早くスカートを直し私は荒々しく先生の元に向かった。レギュラスブラックは配慮がなっていない。益々嫌いになった。


「…では失礼します先生」


パタンと扉を閉めこっそりと溜め息を吐く。スリザリンの寮監とは言え、長々と蘊蓄を話すスラグホーン先生は苦手だ。レギュラスブラックに比べると幾分かマシだが。そう考えている時、噂の相手を視界に捉える。レギュラスブラックだ。

彼は珍しく1人で、誰もいない中庭の噴水の傍らに腰掛けていた。だらんと足元に伸ばされた腕の先に見える黒い物体に、ときんと胸がときめいた。真っ黒の猫はもしかすると誰かの飼い猫かもしれない、いやレギュラスブラックの飼い猫か。懐いたような様子で何か食べ物を与えているようだった。途端その様を見ている自分をハッと思い出し、何かいけないものを見ているような気分にさえなった。ごろごろ甘える猫に目を細めるレギュラスブラックは、今まで見たどのレギュラスブラックにも当てはまらなかった。その姿に呆気にとられていたせいか、猫が顔を上げ私の方を見たことも、それにつられてレギュラスブラックも私の方を見たことに気付かなかった。


「…あ」
「みょうじ」


猫は何事も無かったようにまたレギュラスブラックの手にじゃれついた。しかしレギュラスブラックの視線と私の視線は絡んだままだった。


「みょうじも」


先に口を開いたのはレギュラスブラック。


「みょうじも猫が?」


好きなの?そういうニュアンスの言葉はしっかりと聞こえ、私はこくんと頷いた。


「こっち、来たら」


またこくんと返す。ゆっくり近付く私にも猫は逃げようとせず随分人に慣れていた。


「名前、あるの?」
「名前はない」
「黒いから、クロにしたら」


レギュラスブラックはじっと私を見つめた。同じクロ、だからか。私は話題を変える為にしゃがんで猫に視線を合わせた。猫は不思議と臆することなく、一鳴きした。


「みょうじ」
「何ブラック」
「いや」
「そう」


こんなに近くでどうということもない他愛ない話をレギュラスブラックとするのは初めてだろう。不可思議な気持ちが胸を支配し始める。


「意外だな」
「え?」
「そういう顔もするんだな」


面食らったその台詞に猫に注いでいた視線をまたレギュラズブラックに移した。


「どういう意味?」
「いや?」


弧を描いたキザったらしい唇を浮かべたかと思うと、レギュラスブラックは立ち上がって歩き出した。
ぽつんと残された猫がまた一鳴き。



09.12.02
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