「初めましてなまえみょうじです」
僕の目の前に、母のヴァルブルガと共に現れた彼女は唇に薄い笑みを浮かべてそう言った。人形のようだと僕は思った。
後から彼女が僕の妻になる人間だと知った。兄さんが居ない今ブラック家を継ぐのは自分しかいない。なので必然と世継ぎを産むためだけの女性が僕の目の前に現れるのはいつかは来るべき事実であった。そこに愛はない。そう、愛はないはずだった。
「紅茶、飲みますか?」
「ありがとうございます」
「ボーバトンから転入されるそうですね」
「はい」
許可無き者の入室を禁ず、許可した訳ではないが彼女は僕の部屋にいる。紹介する時に居た母上は席を外している。
室内にはカップとソーサーが奏でるカチャリとした音以外は無音。そもそも僕は口下手だ。兄さんとは違う。何を話せばいいのか検討もつかない。しかし沈黙を破ったのは彼女の方だった。
「あの、レギュラス様」
「何ですか?」
レギュラス様と呼ばれ少し背中がむず痒くなった。しもべ妖精ですら僕をご主人様や坊ちゃまと呼ぶというのに。しかし動揺を感じられないように返答する。
「ホグワーツは何も知りませんので、どうぞご指導ご鞭撻の程よろしくお願いいたします」
「あの」
「はい」
「そんなに畏まらないで下さい」
仮にも僕らは同級生だ。
「でも」
「仮にも婚約者だというのにずっとそう接していくのですか?」
「レギュラス様も畏まっておられる…」
「僕のはもう癖です」
ボケた訳じゃない、なのに彼女はクスクスと笑った。きっと母上が見たらはしたないと言うだろうが僕は気にならなかった。
「私のも癖です」
「じゃあ徐々に直して下さい」
「はい、レギュラス様も」
今度は僕が笑う番だった。
「そのレギュラス様っていうのも直して下さい」
「善処します」
「それはイエスと取っていいんですか?」
人形だと思っていた。
でもそれは違った。
ホグワーツに来てからなまえは僕の後ろをよく付いて回った。他の奴から軽鴨でも飼ったのかとよくからかわれたが、不思議と嫌な気はしなかった。
「ホグワーツは慣れた?」
「えぇ、少しずつ」
「紅茶、飲みますか?」
「はい」
スリザリンの談話室。僕はあの日と同じように紅茶を淹れた。
「あの、レギュ…ラス」
「え」
紅茶を淹れる手が止まった。
「ご、ごめんなさい…」
「いえ、少し驚いただけですアナタが、なまえがそんな風に僕を呼ぶから」
「あ…」
「これでおあいこです」
そしてなまえに僕はソーサーに乗ったカップを差し出した。
徐々に近付いていければ、この婚約も悪いものではないなと、そう思いカップに口付けた。
09.10.05
猫舌なレギュラスとかかわいいと思う。