Xの感情
今日は白石さんと会う約束をしている。
今は昨日のことで頭がいっぱいになって会ってもまともに話せそうにない。
だけどドタキャンするわけにもいかない。
大きく溜息をつき帰る支度をする。
白石さんにメールしておこう。
≪今から学校出ますね≫
≪ほな、迎えに行くから待っとき≫
申し訳ないと思いながらも校門の外で白石さんを待つ。
その間も頭は昨日のことで頭いっぱい。
なんて返事をしたらいいんだろう。
たしかに椎野くんは優しくて、頼りになるし一緒にいたらすごく大切にしてくれそう。
だけど好きかって聞かれるとわからなくなる。
あんなに真っ直ぐ私を見て言ってくれたんだから、曖昧な返事はしちゃいけない。
ちゃんと自分の言葉で私も椎野くんに返事しなくちゃいけない。
わかってるんだけど、自分の気持ちが霧がかっててよくわからない。
そのとき一台の車が私の前で止まり、窓から顔を出したのは白石さんだった。
「遅なってすまんな」
『私は全然大丈夫です。いつもすみません』
「乗り」
お邪魔します、と言い中に乗り込む。
なんだか白石さんに会うのは久しぶりな気がする。
横目で白石さんの横顔を見つめる。
視線に気付いたのか白石さんも横目ちらりとこっちを見たもんだから目がばっちり合う。
この近距離で目が合うことが恥ずかしくてすぐに逸らしてしまった。
「そないあからさまに逸らさんでもええやろ」
軽く笑いながら白石さんに言われる。
白石さんはこうやって笑って流してくれるけど、今のは失礼だったかもしれない。
言い訳だけど意志的にしたことじゃなくて反射的に目を逸らしてしまったからどうすることもできなかった。
『あの、それで聞きたかったことって…?』
「ああ、車止めてから言うわ」
白石さんは駐車場に車を止めてエンジンも切る。
急に静かになったこの空間に少し緊張する。
「車ん中で話してもええ?」
『はい』
「単刀直入に言うんやけど、名前ちゃんって今彼氏おんの?」
『え…?かれ、し…ですか?』
「おん」
どうやってそういう思考になったんだろう。
よくわからなかったけどとりあえず首を振っておいた。
『いないです』
そう返事をして白石さんの方を向けば、白石さんが私をじっと見ていたからびっくりして思わず体が軽く跳ねた。
『…どうしたんですか?』
「謙也がな、この間名前ちゃんが男と歩いとるとこ見たらしくておるんやないかって騒いどったから気になってしもうて」
男の人と一緒に歩いてた?
最近で言うならきっと椎野くんで間違いない。
『その人多分、私の中学校の時のクラスメートだと思います』
昨日椎野くんに言われた言葉が脳裏に過る。
ただのクラスメートって言うことに少し躊躇いがある。
嘘を言っているかのように思えて罪悪感さえ感じる。
「…クラスメート?」
『はい。最近久しぶりに会ったんで連絡先交換して何回か会ったんです』
「せやったんか…」
少し俯く白石さん。
白石さんが口を閉ざしたから私もなにも言わずにいる。
静かなこの空間。
だけど不思議とあまり気まずさは感じなかった。
もう慣れたのかな。
そっと瞼を閉じた。
「名前ちゃん」
白石さんの呼びかけに瞼を開く。
そして白石さんの方を向く。
「昨日駅で一緒におった男もそのクラスメートやったん?」
『はい。多分その忍足さんが見た人と白石さんが見た人同じ人だと思います』
それよりも昨日白石さんも駅にいたんだ。
知らなかった。
変なところは見られていないか少し心配になった。
「堪忍」
ぼそっと呟いた言葉が上手く聞き取れずに聞き返そうとすれば目の前が真っ暗になった。
『……え…?』
今の自分の状況が把握できない。
私の顔の横には白石さんの頭がある。
白石さんは私の肩に顔を埋めている。
背中と腰には白石さんの腕が回されている。
白石さんに抱きしめられていると理解できるには少し時間がかかった。