まーくんのえぷりでい | ナノ




ガヤガヤと騒がしい店内。
ファミレス独特のこの雰囲気。

別に明日が休日という訳ではないのにこの人の多さ。
みんな呑気なもんじゃ、と自分のことは棚に上げて思う。


今日は久々に部活帰り苗字さんが働いとるファミレスに寄ってみた。
目的は言うまでもないが苗字さん観察。
目を養わんとそろそろ苗字さん足りないよ症候群にかかりそうじゃ。


隣でぐっちゃぐっちゃと食べ物を頬張るブンちゃん。

「ブンちゃん、きしゃない音たてるんじゃなか」

「あ?別にいいだろぃ。なんか食う時は自分が一番美味いと思う食べ方しないと食った気しねえし」

それは異常ナリ、という言葉は飲み込んでおいた。
俺が言ったところで直すような奴じゃない。

今日も苗字さんは忙しそうに働いとる。
さっきからずっと向こうの方で行き来を繰り返している。


でもなぜか、今日はほとんどこっちへは来ない。
俺らが座っとるテーブルには知らん別のウェイトレスが来る。
おまんは呼んどらんって言いたいところじゃが、苗字さんのバイト先で問題を起こす訳にはいかん。



「仁王食わねーの?」

「苗字さんでお腹一杯満たされるナリ」

「ふーん。じゃこれもーらいっと」


目の前にあったあさりのスパゲティのあさりが姿を消した。

「ブンちゃん、それは俺がわざわざ残しとったもんじゃ。返しんしゃい」

「あー無理無理。もう腹ん中」

「出しんしゃい」

「は?無茶言うなよ」

「はよ出しんしゃい」

「ちょ、たんま!やめ…」


バリーン!!


その音でファミレスの騒がしかった空気はどこかへ行き、一気に静まり返った。

どこかで皿が割れたようだ。


『申し訳ございません』


その声は苗字さんだった。
どうやら苗字さんが割ってしまったみたいだ。


「へえ、珍しいこともあるもんだな」

「苗字さんだって人間じゃき、失敗することもあるんじゃ」


とは言ったものの、本当に珍しい。
普段苗字さんは何に対しても全く失敗はしない人だった。
それどころか難なく人の上をいく人なのに、珍しい。

まぁたまにはこんなこともあるのは当たり前か。


少し心配になりつつなにもできん自分に腹が立つ。

ほんまはすぐにでも駆けつけたいんに…。
いや、駆けつければええんじゃ!


「苗字さんは俺が助けるナリ!」

「っ…待て!」

「なんじゃブンちゃん」

「何しようとしてんだよっ」

「じゃけ、苗字を助けるって言ったじゃろ」

「やめとけよ」

「なんでじゃ」

「当たりめーだろ!ここ学校じゃねえんだから俺らが勝手に出たってあいつに迷惑かけるだけだろぃ?」


…そうか、なるほど、たしかに。

苗字さんの迷惑にはなりたくないぜよ。

もしいつの日かなってしまったら、俺はそのときこのトレードマークの髪の毛を切る!


これくらいの覚悟をしとかんといけん。


でも待て。


「ブンちゃん」

「なんだよ」

「さっき苗字さんのことあいつ呼ばわりしたじゃろ」

「は?言ったっけ?」

「言った。訂正しんしゃい」

「んな小せえこと気にすんなよ」

「見逃すわけにはいかん!これだけ苗字さんのことを想っとう仁王雅治の前じゃ誤魔化しはきかん!」

「はあ?…はいはい苗字ね」

「ん」


そして冷静に再びソファーに腰をかけ初めてスパゲッティに手をつけた。


冷めとる。
当然か。


でも苗字さんが働いとるファミレスで食べとると思うと激うまじゃ。







このあさりとか最高じゃ
《なにスパゲッティ見ながらニヤついてんだよ》
《これが恋する男の顔じゃ》