気が付くと空を眺めていた。ぼんやり見つめて、盛大なくしゃみをひとつ。身体がひどく冷えていた。なんだろ、身体が濡れてる?そこで耳に聞こえてきた川のせせらぎにああ、と思った。そうそう。思い出した。確か水泳の練習中に足をつらせて溺れちゃったんだっけ。でもなんで助かってんだろ。あたしひとりで練習してたのに。


「気分は如何ですか」

「わあ!」


突然響いた声に飛び上がる。振り返ればそこには学園一暗いと言っても過言ではない斜堂影麿先生がいた。け、気配全然感じなかったのに…!この人ってほんとに人間なんだろうか。幽霊とかじゃないのかな。失礼と思いつつ斜堂先生と軽く距離を取って辺りを見渡す。誰もいない。いた様子すら感じない。斜堂先生しか、いない?じゃあもしかしてあたしを助けてくれたのって斜堂先生?斜堂先生を見上げる。斜堂先生はおもむろに自分の上衣を脱ぐと何も言わずあたしの肩に掛けた。あたし程とまではいかないけど濡れた上衣。やっぱり先生が助けてくれたみたいだ。てゆうか上衣、まさか貸してくれるとか?


「練習熱心なのは結構ですが死なない程度にして下さい」

「はあ…先生はどうしてここにいたんですか?」

「見廻りです。この川付近に盗賊が出ると聞いて」

「え、やば」

「今日は帰りなさい。次は助けられませんよ」


そう言うと斜堂先生は背中を向けて歩き出した。砂利道だというのに足音がまったく聞こえない。先生ってすごいなあ。肩に掛けられた上衣を握り締める。あたしって斜堂先生とあんまり喋ったことないんだけど、いいお方だ。暗くて取っ付きにくい人だと思ってたけどそんなことない。知らず知らずに頬が緩んだ。…あ。あたし先生にお礼言ってない。助けてくれたのにお礼言わないって最低だよ。


「せんせ」

「あ」


呼び止めようとしたら先生が振り返った。白い手が同じく白い唇を押さえる。なんだろう、何か忘れ物かな?斜堂先生はしばらくあたしを見つめた後、視線を逸らさないまま言った。


「初めてだったのなら、すみませんでした」

「…へ?」


斜堂先生は唇から手を離すと再び歩き出した。ゆっくりだけど確実に遠ざかる背中を呆然と眺める。初めてだったのならすみませんでした、って…?何が?なんのことだかさっぱり分かんない。なんで斜堂先生はあんなことを言ったんだろう。唇を押さえたのは何か意味があるのかな。すぐ隣の川を見つめる。あたしがさっき溺れた川。気が付いたら空を見上げていて、傍にいたのは斜堂先生だった。…やっぱり分からない。斜堂先生の真似をして唇を押さえてみた。そしたらふと、思い付いた。

…『初めて』で『唇を押さえる仕草』って、それはもしかして、口接けのこと、だろうか。それで『すみませんでした』って…あれ?あたしって確か川で溺れてたんだよね?あれ?水を飲んだ記憶がじわじわ蘇ってきたけど斜堂先生に助けられた記憶は浮かばない。あたしはどうやって水を吐き出した?まさか、いやでも、有り得ないよ、だけどこれじゃ言葉の意味が繋がってしまう…!顔に熱が籠った。今はすっかり遠くなった背中に気付いて、あたしは弾けるように走り出した。


「し…っ、斜堂先生!」



はて真相は如何に






勝手に坂名ちゃんに捧ぐ!
(100606/ten)
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