ボロボロになったアキラの隣に立つ。アキラは軋む身体をゆっくりゆっくり動かして俯せから仰向けに転がった。あーらら、こりゃ見事にやられちゃって。そのくせ朗らかなカオしてんだからなんか気持ち悪い。近くにいた時人に助けを求めるように視線を送ったら「僕つまらないから帰る」と消えてしまった。だけどそれよりも彼女の「帰る」発言に驚いた。彼女は既に庵家の一員らしい。あんなにひねくれていたのに。ほたるもそうだったけど庵奈は飼い馴らすのが上手いなあ。その場にしゃがんでアキラのもみあげを引っ張った。アキラは身体を揺らしただけだった。


「生きてる?」

「…えぇ、しぶとく」

「死んだ方が楽じゃない?」

「狂を超えるまではまだ」

「…手、貸す?」

「癪ですが、借ります」


素直じゃない奴。手を差し出したけどアキラの手は震えるだけでわたしの手を掴もうとはしない。いや、掴むだけの力すら残ってないのだ。何て言うか、狂も容赦無いなあ。仕方ない。アキラの手を引いて肩を抱いた。少なからずアキラは顔をしかめたけど手を借りると言ったのだから妥協して頂かないと。だけど流石にひとりでアキラを運ぶのは難しい。アキラって意外と体格いいからね。誰か人を呼ぶかな。でもすぐ来てくれそうなのってゆやちゃんくらいかな。わたしとゆやちゃんに運ばれるなんてプライドがお高いアキラには無理な話だ。

アキラの上半身を起こしたまま身を反転させる。アキラの背中に自分の背中を重ねて座った。うん。いいアイディアだ。


「…なんですか、これ」

「ちょっと休憩したら自分で歩けるでしょ。それまで背中貸してあげる」

「私が借りたのは『手』なんですけど…まあいいです」


お、珍しい。簡単に食い下がった。どんな表情をしてるのか気になったけどこの態勢じゃ顔なんか見えない。たぶん、なんとなくだけど、笑ってる気がする。嬉しいんだろうなあ。狂と闘えることがアキラには堪らなく嬉しいんだろう。世界の色を捨てて強くなったアキラにとってすべては狂だったから。ふと顔を横に動かしたら投げ出されたアキラの手が映った。傷だらけの手。アキラの勲章の手。それをじっと見つめて、口を開いた。


「お疲れ様」

「…何がです?」

「…あれ?」


言ってから、首をかしげた。わたし今何て言った?アキラにお疲れ様って言った?そんなの今まで言ったことないのに。変なの。

ああでも、アキラ、今まで頑張って頑張って頑張って、疲れたよなあ。侍を超えることは出来ないただの凡人だナンだと言われたって諦めないで努力し続けて。もし「やれ」と言われたらわたしはアキラみたいに努力することが出来るだろうか。自信は、無い。きっとくじけてしまう。泣いてしまう。だからアキラはすごい。毒舌腹黒ブラコンの蒙古斑ヤローだけど。


「何をひとりでニヤニヤしてるんです?」

「え、見えないくせに」

「呼吸音で分かります。何考えてたんですか?」

「…別にー」


アキラがすごいと思った、なんて絶対に言ってやらない。むかつくし照れ臭いから。そんなことを言えば馬鹿にされるか調子に乗るかのどっちかだもん。自分の顔に触ったら頬っぺたが緩んでるのが分かった。声を出したつもりは無いけどアキラには分かるんだなあ。すごいなあ。盲目の人は聴覚が研ぎ澄まされるっていうけどアキラは正にそうなんだろう。


「アキラ」

「はい?」

「お疲れ様」

「…またそれですか」


アキラはすごい、なんて言えないから。だから代わり言うのはコレでいい。アキラは呆れたように溜め息を吐き出したけどわたしは気にせずくすくす笑った。


「悔しいですが私はまだまだです。狂に勝てないままではね」

「あっそ」

「だからまだまだ手でも背中でも貸して貰いますので」

「…は?」

「まだまだ付き合って下さいよ。私が狂に勝つまでは」


…あ、こいつ今笑ってるな。そう思って見上げた空は青くて青くて、わたしはそっと目を伏せた。



まだまだまだまだ
(付き合ってやるよ)





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