馬鹿だ馬鹿だと思っていたがお前は本物だったか。何度言えば解る、お前のような平凡で並以下の女があの優秀な利吉さんと釣り合う訳がなかろう。顔にスタイルに頭、どれひとつ秀でたものが無いではないか。そんなお前が利吉さんに告白?ハッ、臍で茶が沸く。お前は利吉さんに罰ゲームをさせるつもりなのか?可哀相な利吉さん。きっと今夜は悪夢に苛まれるだろうお前の告白の所為で。不憫なことだ。ああ欝陶しい、いつまで泣くつもりだ。メソメソグズグズするな。フラれたならそれでおしまいだ。もう利吉さんに付き纏うなよ、迷惑になるからな。
この男はきっとものすごくストレスが溜まっているんだろう。そうじゃなかったらここまで私に非道く当たる理由がない。それか何か嫌なことがあって機嫌が悪いんだ。それでもないなら真性ドS毒舌女王蜂なんだ。そう思いながら私は体操座りのまま俯いた。涙は止まりそうになかった。
ずっと好きだった利吉さんに告白した。返事は「今は仕事で精一杯だから、ごめん」だった。それでも私は笑って頑張って下さいと言えたから偉いと褒めて欲しい。門から出て行く利吉さんが見えなくなってからダッシュで仙蔵の部屋に行って、それから泣き出したのにも褒めて欲しい。何故私が仙蔵の部屋に行くのかは学園で唯一仙蔵が私の恋心を知っているからだ(いつの間にか知ってた)今までも利吉さんのことで相談したことがある。その度仙蔵は「諦めろ」「文次郎にしておけ」だとか非道いことを言うけど最終的には「頑張れ」と一言励ましてくれた。だけど今日はそれがない。ただひたすら叩き落として来る。それがとても辛い。傷口に塩を擦り付けなくてもいいじゃないか。ずびずびと鼻を鳴らすと仙蔵は心底嫌そうな顔をした。そんな顔も綺麗で、いいなあ。私も綺麗だったらよかったのかな。
「汚い。こっちを見るな」
「…今日の仙蔵非道い」
「なに?」
「優しくしてよ」
自分でも弱々しい声だったと思う。それくらい傷心中なんだ。せめて「残念だったな」くらいの言葉が欲しかった。慰めて欲しかった。私の頑張った恋心を認めて貰いたかった。そんなものを仙蔵に求める私が可笑しいのかな。膝が涙で濡れていく。すっかり冷たくなった膝に震える息がかかって更に冷たくなった。
「非道い、だと?」
不意に仙蔵の声が響いた。冒頭の罵倒よりも低い、冷たい声だった。それから畳がギシリと軋む。仙蔵が動いた気配がして顔を上げた。涙で潤んだ視界に仙蔵がいて、私を見下ろしている。睨まれているのかも知れない。目尻に溜まった涙がぼろりと零れた。視界が少しだけクリアになって、それで気付いた。仙蔵は私を睨んでいない。眉間に皺を寄せてはいるけどそれは苦しそうな表情だった。痛そうな、悔しそうな。どうして仙蔵がそんな顔をするんだろう。そんな悲しそうな顔を。
「非道いのはお前だ」
「…どうして、私が」
「惚れた女が目の前で好きな男を想って泣いている」
一瞬呼吸が止まった。身体が冷たくなっていく。頭が冴えていく。仙蔵の言葉を理解するには脳味噌が追いつかなかった。惚れた女が目の前で好きな男を想って泣いている。その『女』は、紛れも無く私だ。自惚れじゃない、私の聞き間違えじゃなければ。仙蔵が私に惚れてる?仙蔵が?そんな素振り一度さえ見せなかったくせに。いつもいつも私を馬鹿にしながら励ましてくれてたのに。その仙蔵が、私を、スキ?仙蔵は悔しそうな顔のまま嘲笑うように口角を上げた。
「それを優しくして、だと」
「……」
「非道いのはお前の方だ」
「…ごめん」
「謝るな」
仙蔵は私の前に片膝をつくと溜め息を吐き出した。その顔はいつもの仙蔵だったから安心した。自分の膝を抱き締めて仙蔵を見つめる。仙蔵もまっすぐ私を見ていた。やっぱり綺麗だと思った。
「だから文次郎にしろと言ったんだ」
「え?」
「利吉さんではとてもじゃないが敵わない」
声が出ない。涙も止まった。仙蔵がまた、辛そうな顔をした。でも私は知らなかった。仙蔵の気持ちなんか考えたこともなかった。そんな仙蔵の隣で私は、利吉さんが好きだった。私のことが好きな仙蔵に利吉さんの相談をしてしまっていた。仙蔵はいつもどんな気持ちだったんだろう。利吉さんの話をする私を、ずっと好きでいたのだろうか。仙蔵の白い手が伸びる。身体は動かない。手が私の頬に触れる寸前にぴたりと止まり、静かに離れた。それが何故だかひどく寂しく感じてまた涙が零れた。仙蔵がまたメソメソするな、と言った。
「幾ら泣いても私はお前の涙を拭けん」
「ごめ、せんぞう、」
「謝るな。泣くな、頼む」
私は愚かではない、何者でもない私がお前に触れることは出来ない。だから泣くな。仙蔵は淡々と続けた。私はその仙蔵を見つめることしか出来なかった。ごめんね、ごめんなさい。フラれたばかりで仙蔵を好きだと思える程私はゲンキンな女じゃない。私はまだ利吉さんが好きなの。諦める諦めないとかじゃなくて、好きなの。少なくとも今は仙蔵のことを考えられない。ごめんね。どれだけ考えても私の言葉は仙蔵を傷付けるだけで、私はただ泣き続けた。仙蔵の言う通り非道いのは私だった。
ズルい女
(100413)