夜に迎えに行くから、と。昼間にそれだけ言われて今、皆が寝静まった頃。制服に着替えて部屋で待っていると外からかちりかちりと金属音がした。これはきっと小平太の苦無の音。合図だ。どうやら迎えが来たらしい。頭巾をしっかり被って外へ出る。小平太は月を背にして塀の上に仁王立ちしていた。隣へひょいっと飛び乗る。小平太は八重歯を見せて人懐っこい笑みを浮かべた。


「何処へ行くの?」

「いいところだ」

「いいところって?」

「行けば分かる」


塀から学園の外の気に飛び乗った小平太のあとを追う。きっと着くまでその『いいところ』を教えてはくれないんだろう。小平太が何を考えているのかよく分からないけど、でもいいや。ふたりでいられるのは嬉しいことだし。なんちって。自分で考えておきながら恥ずかしくなってにやにやと頬を緩ませた。

しばらく小平太のあとを追っていくと見晴らしのいい崖の上に出た。冷たい風に吹かれて身体が震える。うわ、すごく高い。小平太の動きが止まってわたしへ振り返った。目が合うと楽しそうに、無邪気に笑う。


「ほらもうすぐだ。見ろ」

「え?ちょっと待って、寒いよ」

「ん?じゃあ着ろ」

「それじゃ小平太が風邪引いちゃうよ」

「大丈夫だ!私は風邪を引いたことがない」


ああそうだね、とは言わなかった。でも小平太が風邪を引いたことがないのは納得出来てしまう。ものすごく。小平太が脱いでくれた上衣を肩から羽織った。薄いけど無いよりマシだ。小平太は袖無し一枚で大丈夫なのかな。小平太に寄り添うと、小平太は少し目を丸くして、力任せに後ろから抱き締めてきた。きゅうっと息が詰まる。それはときめきでもあるけど五割は小平太の怪力の所為だった。痛いと呟けばちょっと拘束が緩み、代わりに頭に顎が乗った。


「ほら、始まる」

「始まる?なに」


なにが、という言葉は続かなかった。目を見張る。吐いた息がじわりと滲んだ。漆を落としたような空から、無数の光の粒が流れていく。光は尾を引いて落ちて軌跡を残す。やがては消えて、落ちる。やがては消えて、また落ちる。まるで呼吸を忘れてしまったみたいだった。小平太がふっと吐息で笑うのが旋毛で感じ取れた。すごい。これってあれだ。流星群。本で知ったり話に聞いたりしていたけど見るのは初めて。


「長次に教えて貰ったんだ。お前とふたりで見たかった」

「…小平太、ありがとう」

「わはは!気にするな!そうだ、願い事はしたか?」

「あ、してない」


これだけたくさん流れているんだから、なんだかほんとうに願いが叶ってしまいそう。咄嗟に手を合わせて、自分の手を見つめた。ねがいごと。わたしの、ねがいごと。背中に感じる強い鼓動。強いぬくもり。ちょっと土臭いけど、嫌いじゃない匂い。小平太はいつもそうだ。いつも元気いっぱいで、自然の匂いを連れてきてくる。緑だったり花だったり海だったり、わたしに色んな世界を見せてくれる。そんなわたしが何かを願うなんて。それはきっとどこぞの貴族の姫君より、ずっと贅沢なことだ。

わたしのお願いは小平太が傍にいてくれるだけで、もう叶いっ放しだ。


「…なあ」

「なあに?」

「口吸いしたい」

「…急だね」

「嫌なのか?」

「嫌だと思う?」

「へへっ、思わん!」


後ろから顎を捕まれてくいっと上を向かされた。そのまますぐに口を塞がれる。触れるだけの長い口接けはあたたかくてやさしくて、小平太はわたしにとっての願いそのものなのだと、小さく笑った。




わたしのシリウス





Thanks nakajyou!
113011/ten
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