「みィーちゃったー」


後ろからそう言うと桐生さんは「げ」というような顔をした。そのまま知らん顔で逃げようとする広い背中に飛び付く。逃がしてたまるかコノヤロー。


「…なんでこんなところにいるんだ」

「私は情報屋の見習いですよ、色んなところをチェックしてます」

「ホテル街もか」

「勿論。現にこうして桐生さんとclub koakumaの武藤静香ちゃんが仲良くホテルから出て来たという情報を手に入れました」

「……」

「さぁ!この情報を遥ちゃんに流されたくなかったら私とホテルへGO!」

「なんでそうなるんだ」


桐生さんの腕を引いてホテルに入ろうとしたらすんごいゲンコツされた。なにこれめっちゃ痛い。ただの女子高生にそんなゲンコツすることないと思う。

桐生さんと出会ったのは数ヶ月前。私が青木さんから情報屋の何たるかを習っていた時に偶然桐生さんが通り掛かったのだ。青木さんに情報を訊きに来た桐生さんに、私は一目惚れというやつをしてしまった。桐生さんを見た瞬間ビビビッときたね。運命ってやつよ。そりゃ齢の差はあるけど愛があればそれでヨシ!すべてオールオッケー!ということで私は事あるごとに桐生さんに猛烈アタックをするのだけど簡単にあっさりさっぱり流されてしまう。畜生。


「なんでですかー!桐生さんなら2ラウンド3ラウンド楽勝でしょー!」

「お前は俺を何だと思ってんだ」

「大丈夫ですよ、今日安全日ですし。不安ならゴムもピルもあります」

「それ女の台詞じゃねぇぞ」


クソ、ああ言えばこう言うとはこのことだ。確かにキャバ嬢に比べたら色気はないかも知れないがそれ以上に純粋さがある。素人は素人なりの武器があるのだ。それに気付かないなんてアホな人。とは怖くて言えないけど。


「もう!男ならつべこべ言わず抱けよ!ヤクザ!色魔!馬鹿!」

「色魔って…お前な」

「ここまで言わせといて女に恥かかすんですか!」


うがあ!と叫ぶ。自分でも訳の解らないことを口走った。桐生さん(元)ヤクザだしまあまあプレイボーイだし馬鹿…では無いのかな。とにかく黙って抱けよ!なんか私がやたら盛ってるみたいだ。私はただ桐生さんが好きなだけなのに。

どうしたものか。眉間に皺を寄せた時だった。桐生さんの逞しい腕が私の腰に回りぐいっと強く引き寄せられた。あっという間に桐生さんの胸板にぶつかる。うあ、え?わ、いい匂い。香水かな。違う、そうじゃなくて。なんで私は今抱き寄せられているんだ。理解した途端身体に火が着いたようにカッと熱くなる。全身が心臓になったみたいにどくんどくんと鼓動を打った。なに、なに、なんで。声が出ない。思考が追い付かない。視線だけで桐生さんを見上げる。桐生さんは口角を緩く吊り上げていた。


「どうした?」

「どっ、どうって…!」

「安心しろ。恥かかせたりしねえよ」


桐生さんの骨張った手が私の顎を掬った。ま、待って、これはまさかチューされる…のか!顔からマグマが噴き出すくらいに熱くなる。ちょ、いやそりゃ望んだことだけど、待って待ってマジ待って!その時の私は生まれてきた中で一番素早い動きを出来たと思うくらいのスピードで桐生さんの口を押さえた。そのまま腕に力を篭めて桐生さんを遠ざける。嫌だ、なんだこれ。心臓が有り得ないくらいどこどこいってる。なんだこれ。


「すすすすすっストップ!」

「は、怖じけづいたか?」

「わ、私初めてなんです!」

「…あ?」

「チューもエッチもしたことないです偉そうなこと言ってすみませんでしたアアア!」


桐生さんの胸を突き飛ばして私はエリマキトカゲみたいにジタバタして逃げ出した。だって、だって!いつもいつもテキトーにスルーされるのにこんなエロい雰囲気たっぷりにキスされそうになるとは思わなかった。免疫の無い私に強すぎる色気だったのだ。あ、あんなエロい感じな人だったのか。かっこいい…けど、私にゃまだ早い!まだ心臓がドキドキしてる。恥ずかしい、なんだこれ!私は頭をぶんぶん振りながら神室町を駆け抜けた。周りの人からイタイ目で見られたけどそんなの気にならないくらいに恥ずかしかった。ごめんなさい桐生さん、私雑誌のエッチなコーナー見て勉強してきます!


「…意外と可愛いところが」


桐生さんがぽつりと呟いたのを、当然私は知らないのである。





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