大吾さんのお父さんが堂島組のトップだったらしい。だから大吾さんが後を継いで、色々あって六代目になったんだって。後を継ぐまでに色んなことがあった。大阪のヤクザに騙されて刑務所に5年間いたこと、刑務所を出てからは荒れていたこと、そこを東城会四代目にたくさん救われたこと。それから六代目になって緊張やプレッシャーに押し潰されそうになったことも話してくれた。大吾さんは持っていた缶ビールを握り潰すとテトラポッドの隙間に落とした。6本は飲んだと思う。でも大吾さんは全然酔ってないみたいだった。屋敷で飲んだお酒を思い出した。普段はあんな強いの飲んでるんだもんな。これくらい何ともないんだろう、きっと。私は2本目のカシスオレンジをちびちび飲んだ。お酒のお陰かたくさん喋った。大吾さんに対する恐怖はもうない。


「四代目は堅気になって、今は沖縄で養護施設をやってんだ」

「え、ヤクザが?」

「ヤクザっつっても狂暴な奴ばかりじゃねえさ。四代目はすごく優しい人なんだ。化け物みてえに強いけどな」

「…大吾さん、その人と喧嘩したことあるんですか?」

「昔は舎弟だったからな。何度か喧嘩もした」

「勝ちました?」

「ははは、有り得ねえ。あの人に勝てる人間なんかこの世にいねえよ」

「……」

「んな顔すんなよ。喧嘩だって相手に非がある時しかしねえ、ホントに優しい人だぜ」


そう語る大吾さんこそすごく優しい顔をしていた。大吾さんはきっとその四代目が大好きなんだろう。憧れだったんだろう。すごく優しいけど化け物みたいに強い四代目を想像してみた。…でも全然想像出来なかった。どんなだろう、ゴリラみたいな人かな。私の中の四代目がバナナを食べているところを想像しながらカシスオレンジを一口喉に流した。


「全然飲まねえんだな」

「飲む相手はお父さんくらいでしたから…いつも家にいる訳じゃなかったし」

「父親がヤクザでびっくりしただろ」

「はい。お父さん、顔しょぼかったから」

「確かにサラリーマンみたいな顔してたもんな。でも強かったんだぜ」

「…大吾さんより?」

「え?あー…それ訊くか、普通」

「えへへ」


意地悪な質問をしたとは思ったからつい笑ってしまう。やっぱり大吾さんの方が強かったんだ。そうだよね、お父さんって進んで喧嘩するような人には見えないし。優しかったけど悪く言えばお人好しだった。頼まれたら断れなくて、嫌なことも笑顔でする。そんな人だった。私の自慢のお父さんだった。家にいないことも多かったけど寂しくなかった。欲しいものはなんでも買ってくれたし休みの日は遊びに連れて行ってくれた。お母さんがいなかったけど、それを誰かに愚痴ったこともなかった。私はそれくらいお父さんが大好きだった。

そのお父さんはもう、いないのだけど。


「あんた今、学校とか行ってんのか?」

「いえ、柄本医院ってところでバイトしてます。お父さんの知り合いで」

「柄本先生なら俺も知ってるぜ。そうか先生か、なら本部から車を出してやるよ」

「え?わ、私なんかに車出して貰わなくても…」

「いいんだ。あんたの父親には世話になったからな」

「…お父さんって、どんな人でしたか?」


大吾さんは目を丸くさせた後に視線を海に向けた。首の後ろを摩りながらビールを口に含む。そうだな、と小さく呟いた。


「本当にサラリーマンみてえな奴だったよ。ヘコヘコして、そのくせ芯はしっかりした人間だった…俺よりあんたが知ってんじゃねえか?」

「……」

「お人好しの優しい頑固野郎でよ。それで娘大好きの親バカだった」

「…ほんとに?」

「おう、…」


突然だった。大粒の涙がぼろりと零れた。誤魔化そうとカシスオレンジを一気に飲んだらクラクラして気持ち悪くて、ますます涙が止まらなくなった。ああ、私きっと酔ってるんだ。だからこんなに涙腺が緩んでるんだ。

優しいお父さんだった。ヤクザだって言われても今でも信じられない。料理も出来るし掃除も出来るし、唯一洗濯だけはやたら下手くそだったけどそれでもヤクザらしい人じゃなかった。休みの日は遊んでくれたし外で飲んでくることなんか滅多になかった。色々大変だった筈なのに酒癖は酷くなかったし煙草だって吸ってなかった。本当に優しいお父さんだった。それに比べて私はどうだっただろう?私はお父さんにたくさん与えて貰った。だけど私はお父さんに、何か与えてあげられただろうか。


「私お父さんに何も、何も、出来なかった」

「……」

「最期まで、何も、してあげられなかっ…」

「子供ってのはよ」


ぽんっと頭に大きな手が乗っかった。そのままゆっくりゆっくり撫でられる。何故だかやけに懐かしく感じて更に涙が溢れた。温かくて、少し乱暴な撫で方。

お父さんの手と、似てる。


「生きて笑ってりゃ、親は幸せなんだ。っつってもお袋の受け売りだけどな」

「……」

「しかも親父は娘命だろ。あんたが幸せだったなら、幸せだったろうさ」


声が出ない。唇が震える。身体が震える。瞼を閉じたら、今朝のお父さんが浮かんだ。行ってきますって、笑っていた。それから先は記憶に無いのにお父さんはドアから出て行ってすぐに振り返る。幻のお父さんの唇が動く。幻だけどハッキリ映るお父さんの唇の動きが、手に取るように解った。

お前がいて、父さんは幸せだったと。

お父さん、お父さん、お父さん。苦しくて悲しくて恋しくて狂おしい。頭を撫でる手がもどかしくて大吾さんの胸にしがみついた。大吾さんの手からビールが滑り落ちたけど大吾さんは何も言わずそっと私の肩を抱き寄せてくれた。お父さんとは違う。だけど似てる。全然違うのに似てる。そう思ったら嗚咽が溢れた。二十の女が情けない。だけど今の私はただの『娘』だったのだ。


「おとうさ、っあ、う…っ」


私が泣いている間大吾さんは何も言わなかった。痛いくらいに抱き締めて乱暴に頭を撫でて、ヤクザってそんなものなのかな。私が小さい頃泣いたりしたらお父さんがそうしてくれていた。懐かしくて懐かしくて、やっぱり涙が止まらなかった。

空が白くなる頃に私はやっと泣き止んだ。大吾さんの時間は大丈夫なのだろうかと心配したけど大吾さんは「携帯部屋に置いてきたから本部は大変なことになってるだろうな」と笑った。だから私も、笑ってしまった。お父さん、私ヤクザの皆さんと頑張るよ。それから私はお父さんがヤクザでも、愛してるよ。

初めてのベッドは思いの外、よく眠れた。





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