堂島さんに頼んでお父さんの遺体を見せて貰った。正直な感想は青白くて怖かった。お父さんなのにお父さんじゃないみたいだった。どうしてだろう。間違いなくお父さんなのに、私は怖いと思ってしまった。私は最低だ。泣いた。ぼろぼろ泣いた。もう訳が解らなくなって、涙が止まらなかった。悲しくて苦しくて悔しくて、とてつもなく愛しかった。

私はまた堂島さんの部屋に戻った。私用に部屋を用意しているけどまだ完全に家具を運び終わってないらしい。私はここに住むことになるのだろうか。ヤクザのところに住むなんて嫌だ。だけど、頼る人はいない。友達のとこに泊まるのも限度がある。やっぱりここにいなきゃいけないのかな。堂島さんは悪い人には見えないけど少し怖い。…なんだ。私って頼る人なんかいないじゃん。ソファーに座って俯く。泣き過ぎて目が痛い。そんな私を余所に堂島さんはひとりでお酒の用意をする。目の前で目を腫らした女がいるのに酒か。


「齢は幾つですか?」

「…今年二十です」

「若いですね。酒は?」

「…少しだけなら」

「よかった」


堂島さんは盃にお酒を注いでテーブルに並べた。盃の数はみっつ。ここにいるのは私と堂島さんだけだからひとつ多い。これは誰のだろう。私の隣に並べられた盃を見つめていたらカタ、と何かが盃の前に置かれた。見ればそれは、お父さんの写真だった。


「……」

「乾杯」


お酒を一気に喉に流した堂島さんの顔を見つめる。なんだろう。この人は、不思議な人だ。こんな人がヤクザのトップなんて、なんだか信じられない。堂島さんを見ながら貰ったお酒を同じように一気に飲む。瞬間、食道がカッと熱くなった。胃が痛い、かも。何このお酒。かなり強い。こんなの飲んだことない。私の様子に気付いたのか堂島さんがおかわりを注いでいた手を止めた。この人まだ飲むの。私はヤクザの舌を甘く見ていたみたいだ。


「不味いですか?」

「…強いです」

「…普段は何を?」

「カシスオレンジとか、チューハイ…」

「……」


堂島さんは少し考えるように目を瞬かせた後いきなり立ち上がった。掛けてあったコートに腕を通す。それから私に目をやった。


「買いに行きましょう」

「…え、あ、大丈夫…」

「遠慮しないで下さい。金なら俺が出します。今なら護衛の目もないし…」

「ほ、本当に大丈夫です」

「いえ、でも」

「あの」

「俺が行きてえんだ!」


突然堂島さんが大きな声を出した。びっくりして、怖くなった。どうしよう。素直に言うことを聞けばよかった。固まる私に堂島さんはハッと肩を揺らした。それからハアと溜め息を吐き出して私に近付く。怖かったけど身体が動かなかった。堂島さんの大きな手が私の手首を掴んで部屋を出る。そのまま屋敷を出て駐車場へ向かった。助手席を開けて堂島さんは私に入るように促す。頭を下げて乗り込むとドアが閉まった。すぐに堂島さんが運転席に乗り車が走り出す。会話は無い。空気がピリピリしてる。怖い。なんで私がこんな目に合わなきゃいけないの。訳解らない。堂島さんごめんなさい、そう言えたらいいのに声は出なかった。さっきのお酒の所為で喉が痛かった。

どれくらい走ったんだろう。何処かの海の近くまで来て車は止まった。堂島さんは「待っていて下さい」と言って車を降りた。まだ帰って来そうにない。私は車を降りてテトラポッドに攀じ登った。今何時くらいなんだろう。2時は過ぎてると思うんだけど。堂島さんはなんで大きな声出したんだろ。怒ったのかな。てゆうかなんで私に敬語使うのかな。意味解んない。潮風が気持ちいい。目を閉じたら後ろから足音がした。


「大丈夫ですか?」

「はい。堂島さんもどうですか?気持ちいいですよ」


言った後に生意気だったかなと後悔した。でも堂島さんはニッと子供っぽく笑ってテトラポッドに足を掛けた。スーツなのに大丈夫かな。誘ったのは私だけど。堂島さんはあっという間に登り切り私の隣に座った。ガサガサと音がして、見ればビニール袋から缶チューハイを出している。まさかコンビニで買って来たのだろうか。ヤクザのトップがコンビニで。私の為に。堂島さんは笑顔でカシスオレンジを差し出して来る。

この人やっぱり不思議。ばれないように小さく笑ったら、堂島さんは肩を揺らした。


「やっと笑った」

「え」

「父親が死んで悲しいのは解る。俺も親父いねえし。でも、ずっと泣いてるのもよくねえよ」

「……」

「ごめんな。あんたのマンションとか働き口とかは俺が責任持って手配する。それまでは本部にいて欲しい」

「…堂島さん」

「ん?」

「喋り方が…」

「…あ」


堂島さんは自分の口を押さえて俯いた。それから瞼を半分伏せて私を見る。いたずらがばれた子供みたいで少し可愛かった。


「…実はあんまり慣れてねえんだ、敬語。使う機会少ねえし六代目になってまだ2年しか経ってねえしな」

「え、うそ」

「マジ。俺ってこう見えてまだ三十二なんだぜ」

「だってすごく貫禄があったのに…」

「貫禄あるようにしなきゃ下がついて来ないからな」


堂島さんはビニールから缶ビールを取り出すと溜め息をつきながら口を開けた。片手でネクタイを緩めてボタンを開けている。その様子はあんまりヤクザに見えない。堂島さんは若いのにすごいと思う。お父さんは五十過ぎてたけど、それでも下っ端Aだし。堂島さんはビールを喉に流してチラリと私を見た。今までの真剣な目とは違う、優しい目だった。


「ちゃんとしとかなきゃって思ったんだけどよ、一回素が出たら無理だわ」

「…私に敬語使わなくても」

「ホントか?有り難ェ」

「…堂島さんは」

「ん?」

「なんでヤクザ、してるんですか?」

「…そうだなぁ、まずは」

「っ?」


堂島さんが私に向かってビールを突き出した。何事かとつい目を丸くする。


「あんたも飲めよ」

「…はい」


受け取ったカシスオレンジを開けて、ビールの缶にぶつけた。





(100211)
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