お父さんが死んだ。死んだと言っても私はその姿を見ていないから実感がない。家で夜ご飯を食べていたら高級感溢れる黒いスーツを着たオッサンが来て「父親が死んだよ」と言われた。何が何だか意味が解らなかった。誰この人。お父さんが死んだってどういうことなの。呆然とする私にオッサンは気まずそうに「嬢ちゃんの父親はヤクザだったんだよ。俺は同じ組の人間だ」と言った。ますます意味が解らなかった。それからすぐに合点がいった。お父さんは私に仕事内容を絶対話そうとしなかった。朝からいなくなる時もあれば夜遅く帰って来ることもあったし何日か家を空けることもあった。物心ついた頃にはお母さんがいなかった理由も、話してくれなかった。その理由はヤクザだったから、だったのか。理解した途端私は空っぽになる。ヤクザだろうがナンだろうが父親が死んだ。私が空っぽになる理由には十分だった。

オッサンに連れられて私は大きな屋敷みたいなところに来た。屋敷というか何かの会場というか、とにかく広い。なんでもお父さんは神室町では有名な東城会の人間だったらしい。組長とかではなくて下っ端A的ポジションだったってオッサンに教えて貰った。そんなAの娘をここに連れて来てどうしようってんだ。私には悲しみに浸る時間もくれないの?ヤクザって野蛮だ。オッサンは優しかったけど。そのオッサンは今いない。「待ってろ」と一言残して私をこのだだっ広い廊下に置いて行ってしまった。誰もいないのかな。すごく静か。広過ぎる所為かな。高い天井を見上げたらオッサンが帰って来た。


「奥に扉があるだろ」


オッサンの指差した先には確かに扉があった。もっと言えばオッサンはあの扉から出て来た。


「あの向こうに東城会当代がいる。これから世話ンなるから挨拶してこい」

「…え?」

「餓鬼じゃねえから挨拶くらい出来るだろ」

「……」

「大丈夫だ。六代目はお優しいお方だからな」


意味が解らない。なんで挨拶しなきゃいけないの。なんで私がヤクザの世話になるの。訊きたいことはたくさんあるのにオッサンは廊下の向こうに消えてしまった。ひとり残された私に選択肢なんかある訳もなく、仕方なく扉に近付いた。東城会当代、ってことは一番偉い人なんだよね。ヤクザを纏める人。そんなの、怖い。お優しいお方って言ってもヤクザから見た意見だ。一般人には怖いに決まってる。大体私が世話になるってどういうことだ。私の知らない間にどんな話が出来てんだ。…考えたって仕方ない。待たせて怒らせて殺されるのは絶対嫌だし。そこで私は今朝家を出て行くお父さんを思い出した。急に胸が痛んで、誤魔化すように扉を開けた。


「……」

「…どうかしましたか?」


扉を開けて立ち尽くしたら中にいる机に向かってる人から声を掛けられた。顎髭を生やして髪をオールバックにした三十くらいの男の人だった。この人の他には誰もいない。じゃあこの男が東城会の六代目、か。もっといかついゴツイのを想像していただけに少し拍子抜けする。敬語とか使えるんだ。扉を閉めて六代目に近付く。六代目は立ち上がり側にあるソファーへと私を導いた。高級感のあるソファーに座ると向かいのソファーに六代目が座った。目の前にすると威圧感に呑まれそうになる。やっぱり怖い。唇をギッと噛み締めた。


「俺が東城会六代目、堂島大吾です」

「……」

「今回の件は本当に申し訳ありません」

「……」

「…怯えなくても、あなたを撃ち殺したりはしません。ヤクザは怖いですか?」

「…はい」


思った気持ちを正直に言うと堂島さんは軽く笑った。ああ、ヤクザもそんな顔が出来るのか。ほんの少しだけ。蟻一匹分くらい気が楽になった。静かに長く鼻から息を吐き出す。冷たい空気が胸に抜けて心地よかった。この人は本当に怖くないのかも知れない。きっと大丈夫だろう。私は思い切って口を開いた。


「わ、私が世話になるって、どういうことですか」

「あなたは父親以外身寄りが無いでしょう」

「…どうして知ってるんですか」

「父親からよく話を聞いてましたから」


目を見張った。お父さんが私の話をしてた?だからこの人は私のことを知ってるのか。私にはお父さん以外頼る親族がいない。おじいちゃんもおばあちゃんもいつの間にかいなかった。記憶すらない。だからこれからどうしようかと、思って、これから?これから私はどうするの。お父さんがいなくて、これから私はヤクザの世話になるの?それっていいの?私は何も知らない。お父さんの死んだ理由も死に際も知らない私が、この人の世話になるの?

背筋がゾッとした。どうしようもなく、怖くなった。


「? どうし、」

「お父さんは、どうして死んだんですか」

「…シマに入った他の組の人間とやり合って、撃たれました」


その現場を見てないのに、何故か瞼裏に映像が浮かんだ。お父さんが必死に闘っていたら、パンッと胸を撃たれた。一瞬だった。それから視界が滲む。目の前にいる堂島さんが歪む。なんでだろう、今、やっと理解した気がした。私は何を考えてたんだろう。これからの生活よりも考えることがあるじゃないか。私の話をしてくれる人がいたんじゃないか。


「死に際は、どうでしたか」


お父さんごめんなさい。私は、お父さんのこと考えてなかった。お父さんは私のこと話してくれていたのに私は違った。ごめんなさい。ごめんなさい。お父さんのことよりこれからの自分を心配してごめんなさい。ごめんなさい。

今朝のお父さんの顔が、思い出せない。


「私のお父さんは、立派でしたか?」

「…はい」


堂島さんの言葉を合図に、私の涙腺が完全に緩んだ。





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