背後を取られた。まずいと、瞬時に思った。振り返り様に手裏剣を投げようと構えた右手は動かない。視界が捕らえたのはまだ幼い印象の残る少年の足軽兵だったのだ。怪士丸やきり丸と変わらない小さく痩せた身体。こんな小さな子供が戦に出てるなんて。身体が動かない。駄目だ、僕にこの子は殺せない。敵だから殺さなきゃいけない。でもこんな子供なのに。殺せない、嫌だ、無理だ。だけど少年は泣きながら血迷った目で雄叫びをあげた。既に血で濡れた刀を振り上げた。僕を、殺そうとした。

それからは一瞬。音すら感じなくて全てがスローモーションに見えた。少年の口の端から鮮血が流れる。小さな、綺麗な手から刀が滑り落ちてカシャンと地面に転がった。少年の身体もぐしゃりと地面に倒れた。すると、少年の後ろに誰か立っている。よく見ればその人は僕と同じような忍装束を着ていた。


「大丈夫?」

「……」

「東の方は片付いたよ。今日の実習は終わり。帰ろう」


声は女の子のもの。実習のことを知ってるなら学園の人なんだろう。今日の実習は忍たまもくのたまも合同だったから。彼女は忍刀を鞘に納めると僕に近付いてきた。彼女の忍装束は血で濡れていた。さっきの少年は彼女が殺したのだ。忍刀であっさり斬り殺した。あんな幼い少年を、何の躊躇いもなく。戦意を喪失させて逃がすことだって出来たかも知れないのに。地に伏した少年の顔は血と涙でぐちゃぐちゃだった。


「どうして殺したんだ」

「…何言ってるの?」

「なにって」

「私が殺さなきゃアンタが死んでたよ」


彼女の言う通りだ。僕はあのままだといつものようにぐだぐだと悩んで迷って、殺されていた。死んでいた。だけどそれを認められない自分がいる。少年を助けたかった僕が、泣いている。忍者としてそれは『異常』なことだと解っている。だけど。彼女は口許を覆う頭巾を人差し指で下げると大きな溜め息を吐き出した。呆れている。他の誰でもなく、僕に。腹が立ったけど言葉は出なかった。何と言って反論すればいいのか解らなかった。彼女の言うことは忍者として正しいのだ。


「戦場で刀を持つなら覚悟はしてるさ。だからアンタを殺そうとしたんだ」

「…だけど」

「心が痛む、って?それなら忍者なんて辞めればいい」


嘲笑を含んだ声。流石に頭にきて持っていた手裏剣を彼女に向ける、前に。喉元に苦無が宛がわれていた。速い。見えなかった。背中に冷たい汗が流れる。彼女の目は死んだ魚のように光を宿していなかった。『忍者』の眼を、していた。彼女は今までこうして、何人殺して来たのだろう。


「胸が苦しいなら殺そうか?その子供みたいに」

「…遠慮しておく」


彼女は無表情で苦無を仕舞うとくるりと踵を返した。多分だけど学園に戻るんだろう。その背中の後を追おうとしたら何故だか涙が溢れた。苦しい、気持ち悪い。僕はなんて人間なんだ。幼い子供ひとり助けられない。情けない、腐ってる。僕は狂ってる。動かない少年を見下ろした。土を掘って彼を抱き上げて埋めてあげることは出来ない。それは『忍者』のすることじゃない。なんで僕は忍術学園に入ったんだろう。子供を見殺しにする為?情けない気持ちになる為?なんで?どうして?解らない。また彼女に笑われる。血の匂いで頭がイカレたかも知れないと思い込んで涙を拭った。一度帰ろう。血の匂いを嗅ぎすぎた。帰って私服に着替えて、またここに来よう。それで彼を弔おう。意味は無いけど僕がそうしたいから。

最も僕から弔われた彼が哀れなことに変わりはないのだけど。








(100301/落日)

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