砂漠の真ん中で倒れたら何を考えるだろうか。水も食料も地図も何も無い砂だらけの場所に倒れたとしたら。普通なら『死』を覚悟するだろう。私もそうだった。これはもう死を待つしかないと思った。だのに私は、死ななかった。不意に誰かに抱き抱えられ口に水を注がれる。待ち望んだそれに疑惑と不安と希望を感じながら嚥下してハッと気付いた。私は今、誰かの腕の中にいる。恐る恐る顔を上げれば強い光を放つ双眸とぶつかった。端整な顔立ちをした男だった。その顔には似つかわしくない程筋肉で覆われた体躯に一瞬怯える。男は何も言わず水筒を私に握らせるとそのまま歩き出した。何故だろう。この男は何故私を助けるような真似をするのだろう。こんなクソガキを拾ったところで何の役にも立たないだろうに。まさか下半身の世話でもさせるつもりか?それともカニバリズムの趣向でもあるのか。どちらにせよ私にしてみれば有り難迷惑な話だ。

夜になると男は岩影に座り込んだ。横に私を寝かせる。私が身体を起こしたら、男は私をじっと見つめた。でも、それだけ。何も言わない。動かない。


「抱かないの?それともお腹が空いてないから、明日の朝ご飯にするの?」


思わずそう聞いたら男は何度か瞬いた。そして私から視線を外す。何か考えてるみたいだったけど内容はさっぱり分からない。不思議な人。なんで私を助けたの。水を与えたの。分からない。男はゆっくり私を映す。薄い唇が、これまたゆっくり開いた。


「抱かぬ、食べぬ。ゆっくり休め」

「…見返りも無い私を助けてどうなるの」

「俺が助けたいと思ったから助けた。それだけだ」

「…あなた馬鹿なの」

「……」

「ねえ、名前は」

「…ケンシロウ」


けんしろう。口の中でぽつんと呟く。それはなんだか魔法の言葉のように感じた。ケンシロウ、ケンシロウか。何の見返りも無しに『助けたい』だけで私を拾った男の名は。変な人。面白い人。そしてとても優しい人。こんな糞みたいな時代にこんな人間がいたなんて夢にも思わなかった。もしかしたら死んだ方が楽だったのかも知れない。こんな時代に弱い私はいつしか絶望に呑まれて自ら絶えてしまうかも知れない。それなのにケンシロウは私を助けた。それには何か、意味があるようにさえ感じた。


「ケンシロウは旅人なの」

「…そうだ」

「なら、私も旅人になる」

「お前は何処か人里に」

「嫌。ケンシロウが助けた私よ、ケンシロウが面倒を見てくれないと厭」

「…勝手にしろ」


ケンシロウは軽く突き放すように言うと腕を組んで目を閉じた。座ったまま眠るのだろうか。ほんとうに面白い人。身体を起こしてケンシロウに近付く。逞しい膝に頭を乗せたらケンシロウの瞼が持ち上がった。そうして私は、何年振りか分からない笑みを浮かべた。


「私の名前はね───」



思わぬ光





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