「やあ長次」


図書室への扉を開いた途端、のんびりとかけられた言葉。逆光の所為で細めた目に映るシルエットでは誰だか判断出来なかった。だが声は綺麗な音で女のものだと解る。そして聞き覚えがあった。扉を閉めて近付く。ようやく顔が見えて来た。綺麗に切り揃えられた髪をうなじのところで編み込んであって外見を気にしない彼女にしては随分女らしくなったと思う。陽に焼けた肌は昔と同じ。そして彼女は昔と変わらず、のほほんと笑うのだ。


「…先輩」

「久しいね。相変わらずお前は暗い」

「……」


先輩こそ相変わらず率直です、とは言わなかった。私の暗い性格はどちらかと言えば短所であり先輩の何事もきっぱり言う性格は長所でもあるからだ。私服なところを見るとどうやら今日は仕事が無かったらしい。先輩は窓際に腰かけて手招きをする。カウンターに持っていた本を置いてから近付くと先輩は外に視線をやった。視線の先では一年生がサッカーをして喧しいくらいにはしゃいでいる。先輩の知らない人間ばかりだろうに先輩は我が子を慈しむように穏やかな目で一年生を見ていた。昔から先輩は下級生には優しかったことを思い出す。上級生には容赦無かった。冷たい風が図書室に流れ込む。先輩の髪を揺らして、図書室の空気を泳いでいった。


「懐かしいなあ。私が卒業して二年も経つ。この二年、私は仕事で走り回ったよ」

「……」

「戦に、城に、時には町に潜り込んだ。そして私は思ったね」


学園の生活は無駄だったと。そう言う先輩の声はゾッとする程冷たく生気が全く感じられない。先輩は、太陽のように温かくのほほんと笑う。見ていれば和んでしまう程に先輩の笑顔には安堵する。私はそんな先輩しか知らない。こんな冷たい声音など聞いたことがない。先輩はやけにゆっくりと外から私へ視線を移した。いつも強い光を宿していた双眸が、死んでしまっていた。


「馴れ合いは要らない。同じ学び舎の仲間はいない方がいい」

「……」

「でないと隙が生まれてしまうから」

「…何が、あったのですか」

「死んだのさ」


あっさりと出て来た言葉を理解するのに少し時間が必要だった。シンダ。誰が?強く拳を握り締める。先輩は表情をぴくりとも変えず、淡々と言葉を紡いだ。


「私の代の図書委員長。あいつは死んだ。私の目の前で」

「……」


先輩は自分の両手に視線を落とした。知っているかな?私とあいつは同じ城に属していた。城の名を明かすことは出来ないがね、中々大きな城だよ。私達はとある城へ暗殺へ向かっていた。暗殺は上手くいったけれど追っ手を放たれてね。それでも私達の相手では無かった。すぐに片付いたと、思った。仕留め損ねた忍が私の背後を取らなければ。…なあ、もう解るだろうね。心優しきあいつは私を庇ったのさ。心の臓を突かれて、血がとめどなく溢れ、もう助からなかった。それを聞いて驚きはしたが納得する部分もあった。委員長は優しい方だった。忍者に向いてないくらい優しい方だった。あの委員長なら庇って死ぬくらい簡単にやってみせるだろう。あくまで淡々と言う先輩の横顔を見つめる。先輩はこんなにか弱い方だっただろうか。この二年という歳月が、どれだけ先輩を狂わせたのだろうか。

先輩は懐から小さな巾着を取り出した。それをスッと私に差し出す。


「あいつの髪だ。学園の何処でもいいから埋めてくれと言われた」

「……」

「手伝っておくれよ長次」


そこで初めて気付いた。差し出す先輩の手はカタカタと震えていた。あまりにも震えるから手の中にある巾着が落ちた。先輩は拾おうとしない。落ちた巾着を眺めるだけ。私が拾うと先輩はまた自分の両手を見つめる。駄目だねえ。忍は心を持ってはいけないのに、胸に鉛を落とされたみたいだ。そこで私は先輩の言葉を思い出した。仲間は要らないというのは、悲しくなってしまうからだ。


「血濡れの私が遂行するにはあまりにも難しい忍務でね」

「…先輩…」

「なあ、頼むよ長次」


私は忍に向いてなかったのかもなあ。そう呟いた先輩の顔は物凄く人間らしく見えた。



いっそ




であればいい






(100209/エッベルツ)
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -