これは本当に、どうしたものか。

今の状況を簡潔に説明する。今私がいるのは自室で、目の前には彼女がいる。彼女というのはアレだ、恋人というやつだ。小さい頃からの長い付き合いでお互いの寝小便の数も知っているし素っ裸で川遊びをしたこともある。同じ学園に入学して『恋人』という枠に収まったのは五年生に進学した時。彼女が「あたし達、そろそろ付き合わない?」と言ってきてかなり驚いたのだけど、私は反射的に頷いていた。言われて気付いたのだが私はきっとずっと彼女が好きだったのだ。友達だとしか思っていたはずの彼女が、その瞬間から可愛いだとか思うようになり、恋とは凄まじいものであるなんてしみじみ思った。何よりその時の彼女は顔を真っ赤にしていてほんとうに愛らしかったのだ。


「ねえ、何考えてんの?」


彼女の冷たい声にハッと我に帰った。しまった、今は過去を振り返っているバヤイではない。今の状況をもう少し詳しく説明する。目の前にいる彼女は正座しており、それに習って私も正座している。私達は畳一枚分の距離を開けて座っていて、そしてその畳一枚分の距離の真ん中に、一冊の本があった。彼女は手入れをしているのか否か程よく潤った唇をそっと、怖いくらいそっと、開いた。


「これ、何かな」

「…、が…」

「聞こえない」

「………春画」


そう。私と彼女の間にあるのは、正真正銘嘘偽りない本物の春画である。それも三冊。だが言わせて貰おう。コレは私の物ではない。確かに私の本棚の奥から出てきたが私の物ではない。じゃあ一体誰の物か?決まっている、こんなことをするのは同室の小平太くらいだ。何故私の本棚に入れるのかと思ったがすぐに理解した。小平太は本棚を持っていない。本を読まないからだ(春画を除く)しかし押し入れだとか何だとか他にも隠し場所はあるだろうに。…しかし。しかし、だ。正直言うと私は、これらを読んだことが、ある。私とて健全な十五歳男児、興味が無い訳ではない。だがこれは確かに小平太のものなのだ。なんて、今の彼女に言っても分かっては貰えまい。彼女はゆっくりと腕を組みわざとらしく溜め息を吐き出した。


「そうだねェ、春画だねこれは。あんたの本棚に押し込まれてた春画ですよ」

「……」

「面白いんだ?面白いよね、じゃなきゃ三冊も持ってないよね」

「……」

「うっわ、すごい巨乳。長次って巨乳好きなんだ」

「……」


違う、そうじゃない。大体それは小平太のものだ。そう正直に言ったところで彼女には言い訳にしか聞こえないだろう。春画に名前が書いている訳でもないし何より私の本棚から出てきてしまったのだから。小平太め、絶対に許さない。とにかく今は彼女の怒りを鎮めなければ。彼女は怒ると物を投げたり叫んだりと色々大変なのである。暴れ出さないうちに何とかしよう。春画をぺらぺらと捲り出した彼女をちらりと見つめた。いやしかし、彼女は何を怒っているのだろう。私が春画を所持していたことがそんなに気に食わないのだろうか。何故?女心とは難しい。俯き気味だった顔を上げて彼女を真っ直ぐ見つめる。彼女は春画から視線を離し、少しだけ眉をつり上げて私を睨んだ。


「何か言いたいことがあるならドーゾ」

「…何を、そんなに」

「はァ?」

「何を、そんなに…怒る」


言葉の余韻が消える前に目前に裸体の艶かしい女が飛んできた。しかしそれは春画であり、何とか紙一重で躱す。が、躱した瞬間男女の濃厚な交わりシーンが顔にべしゃっとぶつかった。勿論これも春画である。そして何故二度も春画が飛来したのかというと彼女が渾身の力でぶん投げたからである。顔からずり落ちたそれは私の膝へバサッと着地した。広がった視界に第三弾を構える彼女の姿が映る。ま、まずい、キレた。次に来るであろう春画砲を防ぐべく構える。すると、彼女は振りかぶっていた春画を膝の上でぐわしっと鷲掴んだ。突然の行動にオドオドしつつ彼女の様子を見守る。彼女は鷲掴んだ春画を、真っ二つに引き裂いた。ビリイイイッと悲鳴をあげた春画が床に落下する。私のものではない為悲しくも寂しくもないが、いきなりどういうことなのか。ただ怒っている理由を訊いただけだというのに。


「…そんなものなんか」

「え」


ぼそり、吐き出した声が聞き取れず顔をしかめると突然彼女が立ち上がった。そのままずんずんと大股で私に近寄り私の胸ぐらを掴み────真後ろに、押し倒した。

押し倒しされた私の視界には前髪で隠れて表情の読めない彼女と見慣れた天井。胸をドンドンと殴る小さな拳と腹に跨がった柔らかい太ももの感触に我に帰る。ま、待て。待ってくれ。これは一体何が起こっているんだ。何故彼女は、真っ赤な顔で私を睨んでいるのだ。


「そんなものなんか見なくたってあたしがいるじゃん!」


なんだと。





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110723/ten
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