カラカラ、と乾いた音がして顔を上げる。振り返れば照星さんがいて、顔の筋肉を緩ませた。


「おかえ」

「ただい、ま…遮ってしまったな」

「えへへ、お帰りなさい」


しっかり言い直すと照星さんは小さく頷いた。ご自分で外された頭巾を受け取って丁寧に畳む。火薬の匂いが鼻先をくすぐった。それからちらりと照星さんの顔を見てみれば、どことなく機嫌が良さそうである。お仕事で何かあったのかな。頭巾を持ったまま照星さんの上着を受け取った。照星さんは帰ってくるとまずお風呂に入る。本人曰く「火薬臭いから」らしいけど、火縄の名手とまで言われる方が今更火薬の匂いなんて気にするのだろうか?これはわたしの予想だけど、照星さんはわたしに気を遣ってくださっているのだ。家に匂いがつかないよう、わたしに匂いが移らないよう。わたしは気にしないのに。思わず小さく笑ったら、照星さんが不思議そうに振り返った。


「どうした?」

「いいえ、何でも」

「ならいいが」

「なんだかご機嫌みたいだけど、何かありましたか?」


笑ったまま言うと照星さんは一瞬目を丸くして、それからふっと柔らかく微笑んだ。照星さんはよく不気味だと言われるけど、そんなことない。照星さんはとても素敵で男前で…なんて。恋は盲目とはこのことか。でもほんとうにそう。照星さんは素敵だ。照星さんと祝言をあげることになった時に両親は喜んでくれたのだけど近所のおばさん達には反対された。あなた、あんな不気味な男と一緒になれば幸せになんてなれないわよ、と。

わたしは今も昔も、こんなに幸せなのに。


「今日、忍術学園に指南役として呼ばれてね」

「じゃあ、田村君と若太夫に会ってきたんですね」

「まあ…そうだな。会ってきたよ」

「田村君も若太夫も喜んだでしょう。…あ。だからご機嫌なんですね」

「ふ、そういうことだ」


田村君も若太夫も照星さんが大大大好きで憧れだから、ふたりは引っ付き虫みたく離れない。照星さんはそれを煩わしく思うことはなくて、ふたりとも可愛い弟子みたいな存在で嬉しいのだ。一度だけ見たことがあるけどふたりは口を開けば「照星さん」「私のユリコを」「僕の腕を」「照星さん!」ばかり。照星さんは厳しいことも仰るけれど、でも楽しそうにしてるのがほとんど。あんなに全力で慕われて嬉しいんだろうな。なんだかわたしまであたたかい気持ちになってきた。ふふっと笑うと、不意に目の前にきらきらと光る結紐を差し出される。目を丸くした。


「それで、田村君がこれを君に、と」

「…わたしに?」

「私がこれで髪を結えと?」


明らかに女物であるこれで照星さんが髪を…それはそれで面白いけれど。両手で受け取り灯りに照らしてみた。綺麗な糸。素敵。忍術学園の子達は女装の勉強もしてるから女物の結紐でも持っているんだろう。田村君って美人だし。でも、どうして田村君がこれをわたしに?田村君とは一度会っただけの、それだけの関係なのに。両手に結紐を乗せたまま首をかしげた。


「君の話をしたんだ。そしたら、まだ使ったことがないので是非奥方様に、とね」

「わたしの話って…何を?」

「普通の話だ。忘れっぽいところがあるとか」

「う」

「寝坊が多いとか」

「ううっ」

「それはいつも私の帰りを待って、夜遅くまで起きているからだとか」

「う…う?」

「私が帰ると必ず、お帰りを言ってくれるだとか、ね」


そこまで言うと照星さんは目を細めて笑った。自分の顔がじんわりじんわりと熱を広げていくのが分かる。照星さんはほんとうに今の話をしてしまったのだろうか。普通の話だと仰ったけれど、それはいわゆる、ノロケと言われる類いの話じゃ…?気付いてか気付かずか照星さんは微笑んだまま。照星さんはわたしの手から結紐を取ると丁寧な手付きでわたしの髪を結んだ。前から。思わず目を見張る。照星さんは正面から腕を伸ばして、わたしの髪をうなじのところで結んだ。分かるかな、距離がかなり縮まるから、すごく緊張する。火薬の匂い。照星さんの匂い。すぐ傍にあってなんだか、安心してしまう。軽く俯き加減になったわたしの頭を照星さんがそっと撫でた。


「思った通りだ。可愛いよ」


そうして、額に落ちたくちびるはとても熱くて。ああ、今も昔も、これからも。わたしはきっとずっと幸せなのだと、実感した。

















あなたじゃなきゃだめ








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110421/ten
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