あの日からもう一年かァ。なんかあっという間だったな。ここだと毎日同じ景色だから時間の感覚が狂っちまっていけねェ。平凡で穏やかで、不謹慎だが退屈する場所。だから今日もあいつらを眺める。あいつらを見てたら飽きねェからな。さて、今日の飯当番は…お、イゾウか。あいつ結構料理上手いんだよなァ。手先が器用だし出来上がった料理の見た目も綺麗だし。味つけがあっさりしてていくらでも食えそう。イゾウは楽しそうに包丁をくるくるしてた。「おいおい、おれの包丁大切にしてくれよ」大丈夫だろ。イゾウは丁寧だから。あー旨そう。イゾウはいつもおれ達が座るテーブルにちゃんと一膳分飯を運んだ。うん、やっぱ旨い。まあサッチにゃ負けるかな。「当たり前だろ」へいへい。


あ、ハルタとビスタが稽古してら。楽しそうだなァ。あいつら剣士同士だから結構気が合ったりすんだよな。見た目とか全っ然違うのに。ビスタの剣筋は丁寧というか慎重というか、すげェ綺麗なのに対して、ハルタは少し荒っぽい豪快な捌き方をする。子どもっぽいのと男臭ェ正反対のふたりが組んだら、敵は一瞬で倒れちまう。こいつらはすげェ。酒も強いし面白いし、ほんとにすげェ。ハルタなんかなァ、あんな顔しておれより年上なんだもんな…信じられねェや。まあビスタが年上なのは分かるけどな。つか、ビスタが年下だったらショックだ。


お、ジョズが指揮をとってんのか。珍しいな。どうした、マルコはいねェのか?周りを見渡した。するとサッチから肩を叩かれて、とある方向を指差した。なんだ?何があんだ?見下ろした先にあったのはおれの帽子と、隣に親父のマント。…ここは、おれと親父の墓場だ。墓石の前にはマルコとそれと、あいつの姿。


「親父、エース。久し振りだね。そっちにはサッチもいるんだっけ」


あいつの手が墓石に触れる。まるで自分の顔を撫でられてるみたいで照れ臭ェ。柔らかくてふにゃふにゃした手。頼りないけどやさしい手。本人はざらざらしてまめだらけの汚い手だってコンプレックスにしてたけど、おれは結構好きだった。まめだらけなのは仕方ねェ。あいつも海賊だ、ピストルやナイフを扱う。だからまめが増える。悪いことじゃねェ、むしろ胸を張ったっていい。白ひげ海賊団として戦い抜いた手なんだ。そう言ってやりたいけど、だけど、出来ない。


「ねえ、なんとか言ったらどうなの。つまんないな」


うるせェな。仕方ねェだろ、死んでんだから何も言えねェよ。叫んだって届かないんだろ。この声も、熱も、息も、何もかも。どうしようもない狂おしさが胸を締め付けた。死んだことを、彼女の傍にいられないことを、ひどく後悔した。寂しそうに笑う女を抱き締めてやりたいのに、出来ない。この両腕は触れることも伸ばすことも叶わない。叶わないのに、伸ばす。届かないけど伸ばす。触れられないのに、触れたくなる。そうせずにはいられない。それだけの想いが確かに在るんだ。朽ち果てたこのおれにも、確かに。


「わたしね、簡単にはそっちに行ってあげないから」


あいつは墓石をぺたんぺたんと叩いた。それでニッと楽しそうに笑う。おれが好きな、ちょっと背伸びした笑顔。なんだ?いきなりどうした。目を丸くする。あいつはいたずらっ子みたいな、そんな感じの笑顔をこぼした。


「わたし、エースが愛した海を、精一杯生きるから」


────そう言ってあいつは、綺麗に笑った。楽しそうに、くすぐったそうに。おれが死んでしばらくは海を見ることも出来ずに沈んでいたあいつが、海で生きると。おれが見れなかった分まで、全部。ああ、ああなんだこいつ。なんつう馬鹿な女。なんだか泣きたくなった。そう思ったら、おれは泣いてるような気がした。そうか。おれ、泣いてんだ。こいつってこんなに強かったっけ。おれが弱かったのかな。畜生、畜生、畜生畜生。泣けない身体がこんなに辛ェなんて知らなかった。

生きていることを否定され続けた人生だった。生きていることが罪だと、誰もおれを認めてくれないクソみてェな人生だった。そんなおれを拾ってくれた親父や仲間達には一生かかっても返しきれない恩を感じている。勿論ルフィだってそうだ。何処をとってもクソばかりで暗がりしかなかった道を、次はあいつが歩んでくれるなら。おれはそれを見届けてやろうと思う。


「よォ、弟」

「あ、ちょっとマルコ!駄目だよ痛いでしょ!」



黙って一部始終を見ていたマルコがおもむろにおれの墓石をカツンと蹴った。こめかみを蹴られたみたいで鈍痛が走った気がした。畜生罸あたんぞ。つうかあてんぞコラ。マルコは何度かカツンカツンと墓石を蹴って、ニヤリと笑った。


「お前にゃ勿体ねェくらいのいい女だ」


そのままあいつの頭をパシンと叩く。畜生腹立つ。知ってらァそんなこと。手ェ出したら来世分まで呪ってやるからな。「ほんとお前にゃ勿体ないわー惜しいことした」おいリーゼントどういう意味だコラ。けらけら笑うふたりを見て、おれ達も吹き出した。

あいつの手にはこれからもまめが増えていくんだろう。あいつがあいつらしく、白ひげで在る為に。あいつが生き続ける限り。ふと、あいつが振り返る。おれの墓石に手を当てて身を屈めて、そっとキスを落とした。


「愛してる」


うん、おれも。ずっと。





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110607/ten
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