「あ、竹谷くんやん」

「おっす。何してんだ?」

「黒胡麻豆腐食べよる。食べん?竹谷くん豆腐大好きやったよね?」

「…そりゃあ、まあ、多分違う奴だな」


食堂でおばちゃんにもらった黒胡麻豆腐を食べていたらなんだか薄汚れた竹谷くんがやって来た。多分また逃げた毒虫探しよるとやろうなあ。実はここへ来る前に中庭を匍匐前進する伊賀崎くんを見たのである。竹谷くんも大変やねえ。そう言えば竹谷くんはそうでもねえよってけらけら笑った。飲んでいたお茶を差し出す。竹谷くんは目を丸くしたけど、すぐにそれを受け取った。


「喉渇いてたんだ。ありがとな」

「いーえ。飲み終わったらなおしといてね」

「…直すって、この湯飲みどこも壊れてねえぞ?」


竹谷くんは湯飲みを叩いたり裏側を覗き込んだりした。…は?なん?なんて?一瞬竹谷くんの言った意味が分からずあたしはかっちんと固まってしまった。それから自分の言葉を思い出して納得する。ああそっか。こっちじゃそんな言わんったいね。そう思ったらなんだか笑えてきてつい吹き出してしまった。こいがカルチャーショックって言うとかな。竹谷くんは訳も分からず湯飲み片手にきょとんとしている。


「ごめんごめん。なおして、ってあたしの故郷じゃ仕舞うとか片付けるって意味やと。やけん今のは、片付けといてってこと」

「そうなのか?なおすを片付ける…へえ、面白い」

「やろ?やけんあたしも今笑ったっちゃん」

「そうか…っちゃん」

「? なんそい?」

「真似した」

「ぶはっ!全然真似出来とらん!」

「そんなことないっちゃん」


竹谷くん全然なってない方言にお腹がよじれるかと思うくらい笑った。この方言は、分からない人には時々馬鹿にされる。変なのって言われる。むかついたことも悔しくて泣いたこともあったけど仕方ない。他人と違うのは、それだけで口を出したくなるターゲットになる。だからと言って標準語で話すのは嫌だった。なんか、悔しいけんね。でも竹谷くんは違った。竹谷くんは最初から、こうだ。あたしを馬鹿にしない。奇異な目で見ない。優しくて明るくて、いいひとだと思う。


「お前の話し方って鈍ってるよな」

「…南の方の出やけん」

「へえ、面白いな!」

「面白い?」

「うん。なんか言葉、教えてくれよ」



今でも時々思い出す、竹谷くんと初めて会った頃。最初は馬鹿にされとるって思った。ばってん竹谷くんの目はきらきらしとって、こん男は純粋な奴やって思った。あたしは嬉しかった。なんだか、やっとあたし自身を受け入てもらえたみたいだったから、ほんとうに嬉しかった。とか、恥ずかしかけん絶対言っちゃらんけど。あれから色んな言葉ば教えてあげたけど竹谷くんはちゃんと覚えたっかなあ。向かいに座った竹谷くんをじっと見つめる。ぼさぼさした頭。凛々しい眉毛といつでもきらきらした目。ちょっと土っぽい肌。鼻に口に耳。顔のパーツを眺めながら、くすっと笑った。


「竹谷くん」

「ん?」

「だいよりいっちゃんすいとうよ」

「…台よりいっちゃん、水筒よ?それ方言か?意味は?」

「さあ、自分で考えんばね」


えぇー、と口を尖らせた竹谷くん。これは流石に、あたしの口からは教えれん。いつか自分で探してくれんね。じわじわと熱くなる頬を押さえて黒胡麻豆腐を掻き込んだ。




誰より一番好きだよ、なんて

あーあ、恥ずかし。





Special Thanks yumi!
110305/ten
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