深夜。月明かりが頼りの林を抜けていたが失敗した。忍務の帰りを、他の忍に見られてしまった。それは闇に徹する者にとって絶対にあってはならないこと。相手には悪いがここで死んで貰わなくてはいけない。そう思って攻撃を仕掛けたが奴はなかなかスピードが速かった。それでいてしなやかで軟らかい動きをするから攻撃が当たらない。そして奴は逃げるばかりで攻めて来ない。まるで馬鹿にされているようだった。何故だ。何故仕掛けて来ない。それに奴は逃げ切ろうと思えば簡単に逃げ切れるのにそうしない。一定の距離を保って私の攻撃を『待っている』のだ。ここまでナメられては、忍としてのプライドが許さない。絶対に仕留める。苦無を強く握り締めた。

一刻は経った頃だろうか。とうとう相手が攻撃を仕掛けてきた。それも苦無や手裏剣の遠距離攻撃ではなく忍刀での近距離攻撃で、だ。相当腕の立つ忍なのだろうか。用心しなくては怪我でもしようものなら組頭に嫌味を言われてしまう。それはお断りだ。こっちも刀で対応しようと刀で相手の斬撃を弾いた。すると、意外とあっさり刀が飛んだ。こうも簡単に獲物を手放すものなのか。相手は数秒もしないうちに丸腰になったのだ。強いのか弱いのか解らない。不思議な奴だ。すかさず腹部に蹴りを入れる。相手の身体はふわっと布キレのように飛び、柔らかく地面に倒れた。蹴りを受け止め地面に落ちる瞬間受け身をしたのだ。やはり強い、のだろうか。相手に馬乗りになり手で胸を押さえ付ける。喉を苦無で突こうとして、違和感を感じた。なんだこれは。押さえ付けている手に何か、柔らかい感触があるのだ。


「あん」

「…なっ」


突然相手が嬌声を出した。棒読みだったが私を驚かすには十分だった。まさか私が押さえているのは…!慌てて身体を離そうとしたら顎に掌底を叩き込まれた。脳が揺れてグラリと眩暈がした。くそ、油断した。おんなだったのか。通りでやけに柔軟性がある訳だ。痛むこめかみを押さえながらくノ一を見据えた、筈だった。そこには誰もいなかった。逃げられたか。辺りを見渡す。木が揺れた気配も葉が散った様子も無い。逃げたとは、考えにくいが。


「胸くらいで動揺するなんて青いオニーサンね」

「! 貴様ッ…!」

「安心して。誰にも言わないわ」


あなたを見たことも、私を辱めたことも。必要以上に艶を含んだ声が何処からか響く。声の出所を捜そうと目を凝らした瞬間背後の木がガサッと大きく揺れた。振り向き様に手裏剣を放ったが遅い。木に突き刺さるだけだった。クスクスクスクス、くノ一の軽やかな笑い声が聞こえる。墨汁を垂らしたような真っ黒い空にぷかりと浮かぶ月だけが私を見下ろす。まるで嘲笑うように。全身に火がついたようにカッと熱くなる。こんな屈辱は生まれて初めてだった。


「…畜生…!」


mortal wound
from you






(100206/エッベルツ)
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