ワイワイガヤガヤ、毎晩が宴みたいに食堂は賑わう。酒が零れるのも気にせず杯をぶつけ合い肉を頬張る。それを私は遠く暗いところで聞いていた。今は食事をする気分じゃない。コックの作った料理もオヤジの注いだ酒も無理。…いや、やっぱりオヤジの酒は飲む。死ぬ間際でも飲む。まあそれは置いといて、とにかく今は何も食べたくない。食べれない。甲板の隅っこにある樽の上に座って縮こまっていた。星が綺麗、海面に揺らぐ月が綺麗。だけど私の心を晴らすには足りない。ハアと溜め息を吐き出すと食堂からワアッと笑い声や囃し立てる声が聞こえてきた。多分エース隊長が誰かと大食い対決してる。あれはいつも私の役目だけど…いいか。ご飯食べたくないし。どうせエース隊長には勝てないし。樽の上で膝を抱いて俯く。冷たい潮風が少しだけ心地よかった。


「おい」


不意に背後から声をかけられた。かけられたけど、動かない。声で誰かくらい解る。この声は絶対マルコ隊長だ。振り返らないのは失礼だと重々承知しているけど今だけは聞こえないフリをしていたかった。カツカツと足音が近付いてくる。今は誰とも話したくないのに。だけど人が来たことに安堵する自分も、いた。足音があたしの前で止まる。恐る恐る顔を上げると予想通りそこには無表情で私を見下ろすマルコ隊長がいた。月をバックにしてるから顔に影がかかって怖い。マルコ隊長はあたしをじっと見つめる。だからあたしも負けじと見つめ返した。だけど、その沈黙に耐え切れる訳も無く再び顔を伏せる。情けない…。


「飯、エースが全部食っちまうぞい」

「……」

「おい」

「……」

「お前昼間の、気にしてんだろい」

「…そっとしといて下さい」


自分の膝を強くギュッと掴んだ。解ってるならひとりにしてくれたらいいのに、と思った後、あたしは最低だと思った。マルコ隊長はあたしなんかを心配してここに来てくれたんだ。なんて失礼なことを言ってしまったんだろう。だけど言葉にしたことは戻らない。あたしは顔を上げられなくなった。

今日の昼食時、船は海賊に襲われた。海賊と言っても白ひげ海賊団の十分の一くらいの小さい海賊だった。海賊船も小さいし弱かったし。食後の運動だとエース隊長が片付けてしまった。その時あたしはと言うと食事を摂り終わって部屋に向かっていた。そう、この時あたしは船が襲われていたなんて知らなかった。

外が騒がしいなあと呑気に考えてベッドに転がっていたら荒々しくドアが開かれた。そこには焦げた知らない男が息を荒くして立っていて、外の騒がしさは侵入者の所為だと一瞬で理解した。腰のホルダーに入れた銃に手をかけるより少し早く男が駆けてあたしの首に両手をかけた。そのまま物凄い力で圧迫されて、あたしは死ぬんだと本気で思った。


「あれは仕方ねェよい」


そこへ敵をひとり逃がしたことに気付いたマルコ隊長が駆け付けて助けてくれたのだ。すぐに男を蹴り飛ばして、それからどうなったのかは知らない。新しい酸素を胸いっぱいに吸い込んで咳込んで、生きてることを実感したら涙がぼろぼろと零れた。どうしようもなく手が震える。怖かった。殺されると思ったのにあたしは何も出来なかった。悔しくて情けなくて、それを上回る恐怖が嫌だった。マルコ隊長が「大丈夫か」とか「怪我は」と声をかけてくれたのにあたしはお礼も言えないくらい怯えていた。こんな生半可な気持ちで海賊になった訳じゃないのに、あたしは結局『女』だった。


「知らなかったんだ、気にするない」

「…気にします」

「女なんだしよい、あんな風に絞められちゃ」

「女だって甘えは陸に置いてきました」


海賊に男も女もナイ。この船ではみんな対等だ。女だから力仕事はナシなんてことは勿論ない。みんなおんなじ。だから敵にひびりまくるなんて白ひげ海賊団として有り得てはいけないのだ。首を絞められながらでも銃を取って撃つことくらい出来た筈。パニックになって冷静な判断が出来ないなんてただのガキと変わらない。情けなさ過ぎる。それであたしは昼間から今の今まで落ち込んでいる訳だ。マルコ隊長は何も言わない。どうしよう、船を降りろとか言われたら。船を降りるのだけは絶対嫌だ。陸にいたってつまらない。どうしよう、どうしよう。どんどんネガティブになる私の頭を、突然トントンとつつかれた。反射的に顔を上げると当たり前だけどマルコ隊長がいる。

マルコ隊長は近くにあった樽を持ち上げると自分の顔の前に掲げた。…な、何してるんだろう。呆然と成り行きを見守っていたらマルコ隊長の右手の人差し指が自分の頭を差した。訳も解らずその視線の先を辿る。


「バナナ」


───と、マルコ隊長がいつもの抑揚で言った。無表情で無感動で普段通りのマルコ隊長で。思考回路がマルコ隊長の言った果物でいっぱいになる。そしてマルコ隊長の指す先にはマルコ隊長の頭、もとい髪の毛。髪型と言うべきか、マルコ隊長が言った果物にそっくりなのだ。見れば見る程それに見えてきてあたしは堪え切れずにプッと吹き出した。マルコ隊長に殺されるかも知れないけど笑わずにはいられなかった。両手で口を押さえたら身体がプルプル震える。マルコ隊長が顔の前から樽を退かしてあたしを見下ろした。殴られる?蹴られる?怒鳴られる?でも我慢出来ない…!マルコ隊長の手が伸びてきて、頭にくるであろう衝撃を待ち構えた。


「そんだけ笑えるなら大丈夫かい」

「…え?」

「泣いてるなんざお前の性に合わん」


ぽんぽんとマルコ隊長の大きな手があたしの頭を撫でた。それから手を下げて目の下を親指で摩る。昼間泣きすぎて真っ赤になった場所だ。少し痛むけどマルコ隊長の指があたたかくて痛みがひいていくようだった。この人はほんとにマルコ隊長なのだろうか。いつもふざけてバナナだのパイナップルだの言ったら怒るくせに自分からこんなことするなんて。あたしみたいな奴を笑わせる為にこんな。涙腺が緩む。それを感じ取ったのかマルコ隊長が口角を上げてニッと笑った。


「泣くんじゃねェ、野郎共よりうるせェのがお前のいいとこだろうがよい」

「うるせェって…元気だって言って下さいよマルコ隊長のばかー!」

「へいへい」


とうとう我慢出来なくなってわあああ!と空を仰いで大声で泣き喚いた。何なんですかその慰め。何なんですかその優しさ。マルコ隊長じゃないみたい。マルコ隊長は変わらずぽんぽんとあたしの頭を撫でてくれる。失礼を承知で樽から身を乗り出してマルコ隊長の上着を掴んだ。払われるかと思ったけどそんなことはなく、むしろ肩を引き寄せてくれた。泣くのは今日だけにしろよい、と言うマルコ隊長にコクコクと頷く。今だけ、今夜だけ。明日からまた頑張ろう。明日になって元気に笑えてたら、その時はマルコ隊長に助けてくれてありがとうございましたってお礼を言おう。背中を撫でるマルコ隊長の手が今まで触れてきた何よりもあたたかかった。





(100126/joy)
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