所詮この世は金で廻ってる。愛があればダイジョウブ、なんてそれは現実を知らないから言える綺麗事。結婚するにも子どもを産むにも金が掛かるというのに、それでも愛があればダイジョウブ?馬鹿馬鹿しい。愛だけじゃやっていけない。愛だけで生きていけたなら私の手は綺麗なままだったろう。金が無ければ何も出来ない。それから、あとは力が必要だ。このふたつさえあれば人間は生きていける。私があの男の下に付いたのも金が手に入るからだと思ったからだ。奴が海軍に捕らわれてからは、私は適当に雇われ用心棒として生き永らえていた。何処からか金さえ払えば何でもするという噂が上がったらしく貴族から引っ張りだこで仕事には困らなかった。腐った貴族達の用心棒になるのは些か不愉快だったが、こいつらに付いて回れば面白いくらい金が手に入った。金さえあればいい、私は生きていける。

今日も今日とて用心棒。金さえ貰えれば何だってする。雇い主を狙って来た殺し屋を返り討ちにしてやった。薄暗い路地裏でぼんやりと佇む。仕事をした後は、いつも思い出す。


「貴様は何故金を集める」


いつだったか、奴にそう訊かれたことがあった。私はただ生きる為だと返した。そう、私は生きる為に金を集める。貯金している分を合わせれば数億ベリーはあるだろう。


「生きる?それだけの金を集めて、まだ生きる為だけに欲を捨てられねェのか」


ああそうだ、奴はそうも言っていた。酒を飲んでいたのか普段よりも饒舌だった気がする。生きる為だけに金を集めて、私はその金を、どうするつもりなのか。それを改めて考えさせられた。生きる為に集めた金の使い道は?将来の為?なんだそれは、私に結婚願望は無い。家を買う?雇われ用心棒に家は必要無い。宝石にまみれたい?そんな趣味は無い。じゃあ、何故?分からない。私は何の為に金を集めているのだろう。私は何の為に生きているのだろう。私は何故、あの頃を思い出しているのだろう。


「クハハ…餓鬼め」


目を伏せる。もう感傷に浸るのは止めだ。雇い主の元へ戻ろう。働きに見合った金を貰ったら、もう契約は終わりにしようか。そしてこの島を出よう。宛は無いがここに居座る理由も無い。血で濡れた重たいコートを翻して踵を返した瞬間、鋭い殺気が額から脳天を貫いた。なん、だ、これは。いつの間に背後にいたのか。薄暗く顔を確認することは出来なかったが相手が強いということはすぐに理解出来た。大方新しい殺し屋が私のことを嗅ぎ付けてきたのだろう。息を潜める。相手の手が大きく揺れた。攻撃されるのかと身構えると、それと同時に辺りにバラバラと何かが散らばった。目を凝らして見ればそれは、硬貨や宝石の類だった。


「くれてやる」


深く、低い声が鼓膜を這う。目を見張った。聞き覚えのある声だった。この声、は。一歩だけ近寄ってみれば少しだけ顔が見えた。これは見間違える訳が無い。顔に走った一文字の傷痕に左の鉤爪なんかこの海にはひとりしかいないだろう。だけれど奴はインペルダウンにいるはずではなかったのか。脱獄してきたとでもいうのか。驚き過ぎたのだ、声が出ない。夢なのかと、思う。先程まで記憶の中にしか存在しなかった元上司が目の前にいるだなんて。


「どうした?拾え」

「…何故」

「何故?金は貴様の好物だろうが」


何故ここにいるのか、そういう意味で訊いたのだが違う意味で捉えたらしい。クロコダイルは目を細める。足下に散らばるそれらを見下ろした。クロコダイルの言う通り、私は金が好物だ。だけれど今、何故だか拾う気になれない。すぐそばにあるはずのそれらが、なんだかとても遠くに感じた。実際にそんなことはない、手を伸ばせばそれでいいのに。

それを拾ったところで、私は、どうするんだろう?


「…時々、考えていた」

「あァ?」

「私は何故こんなにも金に執着するのか、って」

「…答えは出たのか」

「生きる為だと思っていたのだけど…なんだか、違う気がした」


金だけを信じてきたのに、金だけでは信じられなくなってきた。現に今の私が金集めを止めたとしても生きていくことは可能だろう。貯えは充分ある。力もある。それでも尚金を集めようとしていたのは、何故なのだろう。クロコダイルは何も言わない。もう一歩近寄って見て、奴が身体の至るところに傷を負っていることに気付いた。珍しい。奴も傷を負うことがあるのだ。もう一歩近寄ってみる。右足が宝石を踏み付けた。何の感情も沸いてこなかった。


「生きる為の理由が欲しいのか」

「…何?」

「それならおれと来い」


次に瞬いた瞬間、吐息を感じる程の至近距離にクロコダイルがいた。頬にぱらぱらと砂が張り付く。驚きと恐怖で息が詰まりすぐに離れようとしたが、奴の鉤爪が私の首を捕らえていた。首筋に回る冷たい金属の感触がやけにリアリティーで、私は目の前の男から視線を外すことが出来なかった。


「力が必要だ。だからてめェを捜した」

「…それだけで私について来いというのか」

「金が欲しいのなら落ちてあるのを拾えばいい。元はその為に持ってきたモノだ」

「金は」

「要らねェんだろう?」

「…お前について行ったところで、私に、何のメリットがあるんだ」


思ったことを正直に、はっきりと言葉にすれば、クロコダイルは一瞬だけ目を小さくさせた。一秒の間をとった後クロコダイルは弾けるように笑い出す。奴が笑う度に鉤爪が揺れて首筋を圧迫したが恐怖は感じなかった。何故クロコダイルが笑うのか。よく分からなかった。


「…餓鬼め」


いつぞやと全く同じようにこぼれた言葉にカッと目を見開く。馬鹿にされているのだと分かって愛銃に手を伸ばす、その前に。奴の唇が私の唇を塞いでいた。硬く煙草臭い唇が、私の唇を。突然息が詰まった。見開いた視界には愉快そうに目を細めたクロコダイルがいる。まるで心臓を鷲掴みにされたような、そんな衝撃が私を貫いた。触れ合ったままの唇が僅かに震える。否、震えているのは私だけ。怖くもない、寒くもない。それなのに、ひどく怯えてしまった。駄目だ、これ以上は、息が出来ずにしんでしまう。そう思った頃、唇はそっと離れていった。それと同じく鉤爪が首から外れる。クロコダイルは、目を細めたまま。唇の端をクッとつり上げた。


「メリットなんざ知らねェ。金だろうが何だろうが、てめェは見返りを求め過ぎだ」

「な…に、を」

「だが、おれがてめェの生きる理由になってやる。それが金の代わりだ」


バサリ、奴のコートが大きく翻った。愉快そうに笑う目が、唇が、なんだか別人のように思えた。この男は今何を言ったんだろう。見返りを求め過ぎだと?言われてみて、そうだったのかも知れないと思った。何かをする代わりに絶対的な見返りが欲しかった。金がいい例だ、金は私を裏切らない。そう思っていた。クロコダイルの言う通り奴が私の『生きる理由』になるのならきっと見返りは不確かなものだろう。メリットどころかデメリットだらけかも知れない。それなのに今の私は、地面に転がるモノよりも、奴の言葉に惹かれている。


「おれと来い」


所詮この世は金で廻ってる。愛があればダイジョウブ、なんてそれは現実を知らないから言える綺麗事。そう。愛だけでは生きていけない。言葉だけでは頼れない。何も出来ない。

だけど、奴と行くのも、きっと悪くない。

翻ったコートの隣に並ぶ。あれだけ執着していた金のことは何故だろう、もうどうだってよかった。身体が軽い。クロコダイルが私の生きる理由になるというのなら、それでもいい。クロコダイルは低く喉を鳴らしている。薄暗かった路地裏に光が射し込む。ああ、夜が明けたのか。



go the long
way round






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110726/ten
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