「ひとりで全部食えよ」


突然部屋を訪れたサッチはそう言っておれにケーキ(ワンホール)を渡すとさっさと出ていった。何かを言う暇も無かった。このワンホールをひとりで全部食え、だと?時計を見る。23:56。こんな時間にケーキをワンホールも食ったら胸焼けどころじゃ済まない。下手すりゃ気分が悪くなる。ケーキの真ん中にはいびつな文字で『HAPPY BIRTHDAY!』と書かれたチョコレートのプレートが刺さっていた。おれの誕生日にはまだ早いが、一体どういうことだろう。ケーキなら宴の時でいいだろうに。

取り合えず一緒に渡されたフォークでケーキを刺した。すると、妙な弾力がフォークを伝って感じ取れた。ケーキというのは弾力のある食べ物だっただろうか。いや、違うだろう。不審点をあげるならまだある。まず、形。形がプレートの文字の如くいびつなのだ。生クリームも上手く塗れずぐちゃぐちゃでところどころスポンジが覗いている。唯一綺麗なものと言えば飾り付けのイチゴくらいだった。…サッチにしては随分なケーキを焼いたものだ。一口大に切り分けたケーキを睨み、思い切って口に突っ込んだ。


「…なんだこりゃ…」


どれくらい砂糖を入れたのだろう、顔をしかめたくなる程の甘さにげんなりした。しかもスポンジが硬い。カチコチな訳じゃないがゴムのような弾力がある。少し焦がしたのか噛んだ時に奥歯でザクッと砕けた。舌の上に苦味とザラザラした感触が広がり、とてもじゃないがもう食べれないと思った。近くにあった水を一気に飲み干す。サッチの野郎、こんなもん食わせやがって一体何のつもりだ。サッチに対する怒りが沸々としてきた頃、部屋の外に人の気配を感じた。こんな時に誰だ、と思った瞬間。


「ハッピーバースデーマルコおめでとオオオオオ!」

「おう落ち着け」


パパパーン!とクラッカーを一気に三本鳴らしながらなまえが部屋に飛び込んできた。あまりの勢いに転けそうになるのを片腕で支えてやる。時計を見たら丁度00:00だった。5日ぴったりに祝うなんざやることが餓鬼みてェだと思ったが素直に嬉しいから何も言わないでおく。なまえを見たら興奮してるのか目をきらきらさせていた。が、ケーキを見た瞬間顔が真っ青になった。全く動かない中、唇だけがわなわな震えている。大声出してタックルしたり真っ青になって硬直したり忙しい奴だ。


「どうした?」

「そっ、それ!なんでマルコが持ってるの!?」

「…さっきサッチが『ひとりで全部食え』って持ってきたんだが」

「……」

「説明してくれるかい」


苦虫を噛み潰したような顔をして黙り込むなまえの頭をぽんっと叩いた。なんとなく話の筋は読めたが、ちゃんと聞きたい。なまえはクラッカーを握り潰し舌打ちをこぼす。サッチめ、と憎々そうに呟いた。


「…それね、あたしが焼いたの。マルコのバースデーケーキ作りたくて頑張ったの」

「……」

「頑張ったけど、そんなのしか出来なくて。サッチに捨ててって言ったんだけど」

「なんで捨てんだよい。おれに作ったんだろ?」

「不味いでしょ」

「見た目はこうだが」

「マルコ、あたしちゃんと味見したの。見た目だけじゃないって知ってる」


…フォローの仕様がねェ。心の中で呟いた。見た目はぐちゃぐちゃ味も最悪、これは紛れもない事実だ。ここでおれが「旨い旨い」とこのケーキを全部食ってもなまえは納得しないだろう。と言うより食わせてくれないだろう。なまえは俯いてしまった。いびつなケーキを見つめる。静かに溜め息を吐き出した。フォークを置いてなまえの手を取りベッドへ座らせる。俯いたままのなまえの肩を抱き寄せて頭に頬を乗せた。


「おれはなァ、なまえ」

「……」

「ケーキひとつまともに焼けないおめェに、心底惚れてんだぜ」


こんなオッサンを喜ばせようとして焼いたケーキなら、おれは世界中のどんなケーキよりも食いたいと思う。綺麗にカットされたフルーツの乗ったタルトより黄金に輝くマロンが乗ったケーキより、なまえの焼いたケーキが一番旨そうだ。料理の上手い女がなんだ、手先の器用な女がなんだ。普段は武器を振り回してギャーギャー騒ぐこの小娘に、おれは惚れ込んでる。なまえはおずおずと手を伸ばすとおれのシャツを握り締めた。髪の隙間から覗く耳が赤い。


「ありがとよい」

「…来年はもっと、上手く焼けるようになるから」

「おう、期待して待ってる」

「マルコ好き。おめでとう」


なまえの頭をぽんぽんと撫でる。ちらりとケーキを見つめた。食ってやりたいのはやまやまだが、味を思い出すと…。サッチには感謝だが、ケーキはやっぱり食べられそうにない。



等身大の愛の形





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