吉野先生にお風呂を沸かす用の薪を拾って来て欲しいと言われて、わたしと食満くんは裏裏山まで足を運んだ。何故ならわたし達が用具委員だからである。いやまあ、用具委員がお風呂用の薪を取りに行くなんて聞いたことは無かったけど、アヒルさんボートの資材が少なくなっていたところだから丁度良かった。ついでに資材も集めよう。ということでわたしが薪担当、食満くんが資材担当でそれぞれ行動していたのだけど。


「…よし、出来た」

「ありがとう。…ごめんね」

「謝るな。俺こそすぐに気付いてやれなくてごめんな」

「そんなことないよ」

「あるんだよ。ほら、おぶされ」

「……」

「それじゃ歩けないだろ?」

「…ごめんね」


食満くんにおんぶして貰いながら手当てされた左足を見つめて、わたしは重たい溜め息を吐き出した。

薪に丁度いい木や枝を拾っていた時、落ちていた鎌に気付かず、わたしはそれを間抜けにも思い切り踏んづけた。鎌は古く錆びていたため、多分誰かが捨てたものだと思われる。しかしいくら錆びているとは言え刃物は刃物、人間の皮膚を裂くくらいの力は健在だった。わたしの左足はざっくりと切れてしまい血は流れるわパニックで頭が真っ白になるわでわたしは唖然としてしまった。自分の足のことなのにまるで自分の足のことじゃないみたいだった。次第にじわじわと痛みが広がってきた頃、食満くんが血相を変えて飛んできたのである。食満くんは給水用に持ってきた水筒の水でわたしの足を洗い流すと近くに生えていたヨモギを千切ってよく揉んで傷口に貼り付けた。それから自分の頭巾で止血をしてくれた。そうして先ほどの会話に戻るのだ。


「裏裏山は下級生も来るからな、危ないものが無いよう見廻りをした方がいいな」

「…食満くん、ごめんね」

「だからいいって」

「資材も薪も取れないし…」

「資材は元々ついでだったし薪も今日の分はあるからまた明日取りに来たらいい。そんなのよりお前の足が先だろ、早く帰って消毒しないとな」


食満くんは優しい。優しいから、逆に申し訳ない。いっそ思いっきり馬鹿にしてくれた方がよかったかも。でも馬鹿にされたらされたで悲しいんだろうな。食満くんの後頭部をじっと見つめる。わたしがこんなドジをしたりしなければ資材も薪も持って帰れたんだろう。てゆうか食満くんがひとりで来てた方がよかったのかも。わたし、足手まといだもん。食満くんの後頭部がぐにゃりと歪む。あれ、おかしいな。鼻水も垂れそう。ずずずっと鼻を啜ると食満くんがぴくんと肩を揺らした。


「…泣いてるのか?」

「…ないでばぜん」

「ぷ、泣いてるじゃねえか」

「だってええぇ〜…!」


食満くんは泣いてるわたしが面白いのかけらけらと軽やかに笑った。悔しいような情けないような恥ずかしいような気持ちがぐちゃぐちゃになって、わたしは涙が止まらなかった。わたしだって仮にもくのたま六年なのに。食満くんとタメなのに。なんでこんなに違うんだろう。なんでこんなに、ダメなんだろう。


「ごめんね、わたし、邪魔しかしてないね」

「ん?」

「わたしがいなかったらよかったのに」


わたしって空回りするばっかり。用具委員として、六年生として。もっとしっかりしたいのに、出来ない。上手くいかない。食満くんに迷惑をかけてしまった。溢れた涙が顎から滴り落ちる。わたしの涙は食満くんの肩甲骨をぽつぽつと叩き、その部分の色を濃くした。ああダメだ、泣いたらもっと迷惑になる。食満くんの制服を汚してしまう。ぐいっと手の甲で拭ってみたけど涙は後から後から溢れた。


「…あー、なんつうかその、上手く言えないんだけどよ」

「え?」

「元気、出せよ」


ぽつり。食満くんの言葉がわたしの耳をつついた。


「お前は自分のこと邪魔だとかいなかったらいいだとか言うが、俺はそんなこと思ってない」

「…う、うそだ」

「嘘じゃないって」

「だってわたし」

「だってお前、一年生をまとめてくれるし。あいつらをまとめれるって結構すげえと思う。作業も丁寧だしな」


だってそれは、食満くんが、委員会の仕事で忙しいから。下級生をまとめるくらいはわたしがしなくちゃいけないから。それに作業が丁寧なのは、失敗したら用具委員みんなの責任になるから。だからわたしは、頑張ってるんだよ。まあ実ってるかは分からないんだけど。ずびずびと鼻を鳴らして食満くんの後頭部をじっと見つめる。鼻は鳴るものの、何故だか涙は止まりつつあった。


「俺はお前に助けられてる。だから、もっと胸張れよ」

「…ほ、ほんとに…?」

「ほんとに」

「け、けまくん…っ」

「ぶはっ、泣くなって」


止まりつつあったはずの涙がまたこぼれる。すると食満くんはまたけらけらと笑った。わたしが泣くのがそんなにおかしいのだろうか。でも文句なんか言ってられなかった。わたしみたいなのでも食満くんの力になれてると思うと、ほんとうに安心した。だってわたし、空回りしてるばっかりだと思ってた。邪魔しか出来ないで、食満くんにも呆れられてるんだって思ってた。だけどわたしにも出来ることがあった事実がすごくすごく嬉しい。食満くんの項に顔を埋める。溢れ出る涙をただただ流した。


「もう泣くなよ。お前、泣いてる顔は似合わないから」

「…ぷっ、食満くん」

「ん?」

「よく言えるね。そんな恥ずかしい台詞」

「あー?こんなんで笑えるならいくらでも言ってやるよ。俺はお前の笑った顔が見たいんだ…とか?」

「あはは、キザーい」

「でも、マジな」

「何が?」

「お前、笑ってる方がいい。保証する」


どこか真剣な音だった声は静かな辺りに深く響いた。食満くんの耳が赤く見えたのはオレンジ色の空の所為なのか、それとも。少なくともわたしは赤いと思うのだけどそれ以上は何も言えず、冷たい肩甲骨におでこを寄せた。





Special Thanks hana!
110723/ten
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