突然だが私には恋人がいる。む、何を驚いている?私は完璧の代名詞・平滝夜叉丸!恋人がいても何ら可笑しいことではない!それで、話を戻すがその恋人というのがくノ一教室の六年生で、しかも体育委員会のひとりである。女性ながらに中々の体力と腕力を持ち、それでいて気品や華を感じさせる雰囲気に、私は惹かれたのだ。先輩はとても美しい。この私と並ぶ、否、それ以上に。

だから不安になる。


「競争、今日も私の勝ちだったな」

「あら、今日は譲ってあげたのよ」

「今日も、だろう?」


そう言って委員長は両手で先輩の髪をぐしゃぐしゃに乱した。先輩が楽しそうに悲鳴をあげる。その少し離れたところに私を始め金吾と四郎兵衛が倒れていた。三之助は知らない。きっとまた迷子だろうが捜しに行く気にならない。なれない、裏裏山から学園を往復ランニング五十周なんぞやれば気力すら無い。あの御二人は怪物だ。先輩は女性なのに、どこからあんなパワーが出てくるのだろう。薄く開いた唇から溜め息が零れる。正直言えば、動けない程ではない。確かに辛いが歩いて長屋に帰る力くらいある。先輩の元に行く力くらいある。それをしないのは、どうしようもなく不安だからだ。


「あぁそうだ、今度の休みの予定は空いてるか?」

「残念、用事があって実家に帰るの」


先輩と委員長は、仲が良い。六年生同士気が合うし話も合うのだろう。性別を感じさせない程に仲が良い。こうして休みの日には出掛けようと話をするくらいだ。先輩には私という男がいると御存知だろうに、委員長!あなたって人は!込み上げる怒りを押し殺す。どうしたって、私は情けない。あの場に行くのが怖くて疲労困憊で倒れたフリをしているのだから。

委員長は素晴らしい人だと思う。体力も腕力も何もかもが雄々しくて強い、尊敬に値する方だ。あの方は私に無いもの持っているが私はどうだろう。あの方に無いものを持っているだろうか。委員長は身長も高いし体格がしっかりしているし、この私から見ても男前の部類に入る。


(先輩はいつか、委員長に惹かれてしまうのではなかろうか)


馬鹿な、私は平滝夜叉丸。誰にも劣ることはない。と、普段であればそう宣言することも出来たが今は無理だった。きっと、きっと疲れているんだろう。そういうことにしておこう。情けなくたって構わない。私は先輩を失うのが嫌なのだ。それ以上に嫌われてしまうのが怖いのだ。先輩は委員長と話す時とても楽しそうにする。だから、邪魔をしてはいけない。恋人なら相手を考えてあげるものだと無理矢理強がった。


「じゃあその次はどうだ?」

「それも残念、滝夜叉丸と街に出掛けるの」


先輩の声に、あぁそう言えば、と思った。久し振りに出掛けるからたまには街で団子でも食べましょうと誘った記憶がある。先輩はとても嬉しそうに頷いてくれたのだっけ。


「なんだ、それなら体育委員みんなで行こう!」


耳に突き刺さった言葉に、私はカッと目を見開いた。わ、私達の逢い引きを堂々と邪魔するつもりかこの暴君は…!聞こえてくる声は無邪気だ。委員長にそういう気が無いのは分かっている。分かっているから、私は何も言えない。だって私ひとりが嫉妬するのは格好悪いじゃないか。耐えろ、耐えろ、堪えるんだ滝夜叉丸。先輩にガキだと思われないようにしなくてはいけないのだから。私は完璧でなくてはいけないのだから。そうでなくては、先輩に嫌われてしまう。


「それは駄目。お断りだわ」


ふふん、と愉快だと言わんばかりに語尾を跳ね上げる。それを聞いた途端胸の奥で何かがじわりと滲んだ。


「何故だ?みんなで行けば楽しいだろう」

「そりゃ楽しいけど、でも駄目よ」

「何が駄目なんだ?」

「滝夜叉丸とふたりきりじゃなきゃ嫌だもの」


だから、と先輩は笑った。私とふたりきりじゃなきゃ嫌だから、だから駄目だと。耳の先がじりじり熱くなる。口の中が一気に乾いて、なんとかして唾を飲み込んだ。どうしよう。今、先輩の顔が見たいのに、見れない。起き上がれない。こんな私なんて見せられない。嗚呼どうしよう、どうしよう。

安心して泣きそうだなんて。


「お前本当に滝夜叉丸が好きだな」

「当たり前でしょう?日々努力してるんだから」

「くノ一だからか弱くてもいいのに」

「くノ一だから強くなるの!完璧な滝夜叉丸に似合うよう私も完璧にならなきゃ」

「滝夜叉丸が好きだから?」


まずい、ほんとうに、泣きそうだ。堪えようと唇を噛む。すると不意に視線を感じた。ぱっと視線を動かすとすぐ近くで屈む三之助とばっちり目が合った。こ…こいつ、いつの間に帰ってきた?三之助が口を半開きにする。その時とんでもなく嫌な予感がしたのは忍者の勘と言うべきか。先輩が軽やかに笑ったのと三之助が私を指差したのは、ほぼ同時。


「滝夜叉丸が、私を大好きだからよ」

「委員長、滝夜叉丸先輩が泣いてます」

「ばッ、さ、三之助ッ!」


反射的に跳ね起きて爆弾を投下した三之助の口を押さえる、が。遅かった。遅すぎた。恐る恐る視線を向ければ、委員長と先輩が目を丸くしてこっちを見ている。自分の目元はしっかり潤っていて、声が出ない。気まずいと言うか恥ずかしい。泣いてるところを見られるなんて有り得ない。先輩は何度か瞬いた後、鈴を転がすような綺麗な音でくすっと笑った。


「疲れたのね。食堂へ行こう滝夜叉丸、愚痴なら聞くわ」

「…えぇ、是非…」


この頭痛の原因は他ならぬあなたなのだけれど。口の中だけで呟いて立ち上がる。何も言えまい、この頭痛の原因のあなたが、私は大好きなのだから。



なんだかんだ幸せ





Thank You Haru!
100826/ten
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