月に一度、忍たまとくのたまでの合同授業がある。内容は裏裏山までランニングだったり崖を登ったり戦場の見学だったり、お互い協力をしないと難しいものもある。何故忍たまとくのたまが合同授業をするのかと言えばお互いのことを知るためだ。忍者とくノ一じゃ忍務内容が違う。忍者が何をことをするのか、くノ一がどんな動きをするのか。それを理解しなくてはいけない。
今日は崖を登った後に裏裏山をランニングした。空が橙に染まる頃になれば授業終了の鐘が鳴り響き足を止める。今日の授業は終わり。身体は重いし汗臭い、お風呂に入りたい。少し前にいる影を見つめる。それは振り返り、すぐに前を向いた。
「帰るぞ」
「あ、うん」
きり丸は疲れていないのかスタスタと歩き出した。私は歩くのもきついのにすごい。体力には自信があったのに、これが男女の差なのだろうか。一年の頃は私の方が身長が高かったし力も強かったけど六年になった今じゃ全部追い抜かされてしまった。悲しいような悔しいような醜い感情が胸に渦巻く。それから慌ててきり丸の後を追った瞬間、足に鋭い痛みが走った。不安感に駆られながら自分で足首を回すとずきずき痛む。力を入れることも出来ない。集中していた所為か気付かなかったけど、足を捻ったみたいだった。どうしよう。顔を上げればきり丸は結構離れていて、私は声を張り上げた。
「きり丸、待って」
「早くしろ」
きり丸は、止まらなかった。そのまま歩き続けてあっという間に見えなくなった。追いかけなきゃ。そう思って立ち上がるけど足の痛みに堪えきれずすぐに座り込んだ。歩けない程じゃ、ない。でも今のきり丸には追い付けない。足袋を脱いでみる。足首は腫れて紫に変色していた。それをぼんやり眺めていたら視界が滲んだ。痛いのか情けないのか、よく分からない。よく分からないけど、涙が零れた。
きり丸は変わった。一年の頃から一緒に騒いだりしていた仲間だったのに、四年になる頃から急によそよそしくなった。話し掛けても素っ気ないしぶっきらぼうだし笑ってもくれない。身長も手も足も私の二回りは大きくなった。それだけのことなのにきり丸は別人みたいで、私はずっと虚しさを感じていた。昔から合同授業はペアを組んでいたから今もこうして組んでいるけど、それが無かったら関わることもないだろう。きり丸はもう私なんか、煩わしいのだろう。
「…いたい」
忍者は敵を倒すことを目的とはせず主に潜入捜査や情報収集等の為に影で働くことが多い。時には戦場に出ることもあるがそれはそう無いこと。ほとんどはスパイとして城や街に忍び込むのが常だ。私は、忍者のことを沢山学んだ。だけどきり丸のことは何も分かっていない。分かって、くれない。
いたい、いたい。ギシギシと軋んで涙が止まらない。すると不意にざすざすと葉っぱを踏み締める音がして顔を上げた。涙が頬を滑り落ちる。橙の空を背負っていたのはきり丸だった。
「おい!なんで来なっ…」
戻って来てくれたのかな。私は嫌われてないのかな。きり丸は、昔のままなのかな。色々考えていたら涙がぼろぼろ零れて胸がつっかえて上手く息が出来なくなった。きり丸の目が徐々に見開いていく。半開きの唇が震えていた。
「な、泣いてんのか?」
「ま、待ってって、言った、のに」
「早くしろっつったろ!」
「あしが、いたい」
「足?…腫れてるな。なんで言わなかっ…」
きり丸は黙り込んだ後ハァと溜め息を吐き出した。あぁ、嫌われた。絶対面倒な奴だと思われた。口を押さえて呼吸を整える。俯いて視界からきり丸を消した。
そしたら、身体がふわっと浮いた。驚いて顔を跳ね上げれば、すぐ近くにきり丸の顔がある。背中と膝の裏に腕があって横抱きにされているのだと分かった。分かったから恥ずかしかった。同い年の男の子に抱き上げられるなんて恥ずかし過ぎる。それにきり丸も疲れてるはずだ。暴れたかったけどきり丸が真剣な顔をしていたから私はただただ耐えるしかなかった。
「ごめんな」
「…え」
「なんで言わなかったって、言えなかったんだよな。ごめんな」
耳を疑った。きり丸が、謝った?怪我をしたのは私の不注意なのに、きり丸が謝る必要は無いのに。なのに。涙腺が緩む。再び涙が零れたら、きり丸はフッと吹き出した。昔と変わらない、あのきり丸だった。
「お前は昔から泣き虫だな」
「き、きり丸は、変わった」
「変わったのはお互い様だ」
「私は変わってないよ」
「変わった。急に女らしくなった」
「そんなことな」
「俺、びっくりしたんだよ。女ってこんなに変わるんだって」
私の言葉を遮ってきり丸は呟くように言った。あまりにもしみじみと言うから私は何も返せなかった。きり丸は私に視線を向けるとニッと笑って見せた。白い八重歯が顔を出す。つり目がきゅっと細くなる。久し振りに見た笑顔は記憶のままで、私もつられて笑った。
「ほんと変わったよな。胸もでかくなったし…」
「え、ちょっ、ど、どこ見てるの!?」
「む」
「言うな!」
視線がだんだんやらしくなってきて慌てて両手できり丸の口を押さえた。ひ、人が感動してる時にこの男は!きり丸はケラケラ笑っている。それを見たらやっぱりつられてしまって、ふうと身体の力を抜いた。変わったのはお互い様で、それで、私達は何も変わってなかった。あの頃のまま、お互い戸惑ってただけだった。
良かったと心の中で呟く。ふときり丸の視線を感じて目を合わせるとすぐ逸らされた。今度は何を見てたんだろう。なに?ときり丸の首巻きを引く。きり丸は口を開いた後、また閉じて、また開いた。
「かお」
「…顔?」
「き、きれいだな、って」
その言葉を理解した瞬間、綺麗だと言われた顔に熱が籠った。きり丸の顔も真っ赤になっていく。夕暮れに融けていきそうだと考えて、きり丸とひとつになれるのなら悪くないと思うと、零れるのは涙だった。
やさしい盲目
Thank You Miwa!
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