「ねぇどう思う?あんまりでしょう!有り得ないでしょう田村!」

「だだだだだだだだだ」


だから、それは仕方ありません。そう喋りたいのに胸ぐらを掴まれ前後にがくんがくんと揺さぶられているため口からこぼれるのはダの音だけ。なんとか胸ぐらを掴む細い手を止めて呼吸を整える。この田村三木ヱ門の胸ぐらを掴む女性なんか彼女が初めてだ。彼女────くのたま六年生の、潮江会計委員長の、恋人が。

先輩はよく私のところへ相談に来る。内容は委員長のことだ。「髪型を変えたのに文次郎ったら気付かないの」「デートの約束をしてたのに鍛練が大事だからってすっぽかされたのよ」「ねぇどう思う?」だとかその他諸々。正直だから何っスか?と言う気分なのだが先輩にそんな態度をとる訳にはいかないし「ちょっと聞いてよぉう!」と半ベソで飛び付かれては断れない。と言っても、私の答えはいつも同じだ。今回もそう。私は乱れた襟元を正しつつ先輩を見つめた。先輩はすんすんと鼻を鳴らしている。


「だから、仕方ありません。委員長はそういう方です」

「お前に似合うと思って、って鉄扇買ってきたのよ!?」

「でも仕方ないんですよ」

「護身用にいいだろうって、忍者たるもの油断してはいけないからって!だからって彼女に贈るものじゃないでしょって言ってやったの!」

「…そういう方なんです」


鉄扇とは読んで字の如く『鉄の扇』のこと。親骨を鉄製にした扇である。鉄の短冊を重ねたもので、また扇子の形を模しただけで開かない鉄扇なども存在する(先輩が委員長から貰ったのは開くタイプのものだったらしい)携帯用の護身具、または鍛錬具として用いられることが多く、決して恋仲の女性に贈るものではナイ。ナイけど、仕方ないのだ。学園一ギンギンに忍者している男に髪型の変化なんか分からないし鍛練命だし女性へのプレゼントの心得なんか、ある訳がない。今回のことも前回前前回と変わらないのだ。委員長と言い合いになって私のところへ来る、という感じ。


「じゃあ、田村は惚れた女に鉄扇を贈る?」

「いえ、女性は花や結い紐などが喜ばれるでしょうからそういうものを」

「ほら!やっぱり文次郎はおかしいんだわ」

「私は私、委員長は委員長です」

「文次郎が謝るまで!私ここから動かない!」


あああああ面倒臭い。因みにここは私の部屋だ。先輩の部屋じゃないし委員長の部屋でもない、私の部屋だ。私は何の関係も無いんだから巻き込まないで頂きたい。なんて失礼なことは言えないし。このカップルには困ったものだ。先輩は姿勢良く正座をしたまま動こうとしない。しかし毎回同じパターンなのは理解している。だからもう少し待っていればきっと終わるはずなのだ。ああほら、廊下が騒がしくなってきた。それに気付いた先輩の顔がムッとしたように険しくなる。ドタドタと喧しい足音は部屋の前で止まり、かと思えばスパァン!と襖が開いた。そこには予想通り委員長がいて、ハアと溜め息を吐き出した。


「ここにいたのか」

「何よ。放っておいてよ」

「いや放っておけん」

「放っておいて!」

「済まなかった」

「だから!…え?」


あーあァ、始まったよ。委員長は懐から鉄扇を取り出すとそれをまじまじと眺めた。先輩は不思議そうに目を丸くしている。


「お前が欲しかったのはこんなものじゃないんだよな」

「…文次郎」

「お前は俺が守ればいい。護身用に鉄扇は不要だ」


…委員長には失礼だが、うんざりしてしまう。そう。これが毎度お決まりパターンである。意外なことだが必ず委員長が折れるのだ。髪型の時だって「すまん、その髪型よく似合う」と言っていたしデートをすっぽかした時には「本当に悪かった。今度の休日は一日一緒にいよう」だとか普段の委員長からは考えられないくらい甘い言葉を投げ掛けるのだ。そして何だかんだ委員長ラブの先輩はその甘さにとろけてしまう。丁度今がそうだ。顔を紅潮させて委員長を見つめている。


「機嫌をなおしてくれ」

「…も、文次郎が、そう言うなら」

「そうか、よかった」

「ねぇ、その鉄扇貰ってもいい?」

「構わんが…要るか?」

「だって文次郎が私に買ってきてくれたんだもん、何だっていいわ」

「そっ…そ、そうか」


ハイハイ後はご自由に。すっかりふたりの世界へ旅立った先輩方の横をすり抜ける。まったく、彼女との約束の時間に遅れてしまった。怒っていないといいけどな、ユリコ。本当にこのバカップルには困ったものだ。しかし先輩が私に飛び付いて来るのはきっとそう遠くないんだろう。そう思うとヘッと乾いた笑みがこぼれた。爆発しやがれ。





デリカシーとトキメキの関係性について





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110615/ten
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