一昨日の夜からうちの酒場に海賊が来るようになった。なんとあの有名な白ひげ海賊団らしくどんな悪党かとビクビクしていたのに、拍子抜けというか期待外れというか、白ひげ海賊団はみんないい人達だった。海賊に対して『いい人』という言葉は可笑しいのかも知れないけど噂に聞いていたような「恐ろしい」だの「鬼のよう」だのとはかけ離れていたように思う。戦ってるところを見てないからなのだろうか。それでも酒を飲んでギャアギャアと馬鹿騒ぎする姿はすごく笑いを誘ったのだ。その海賊の中にひとり、若い人がいた。訊けばわたしと同い年だという。変わらないくらいの海賊っているんだ。エースと名乗った彼は年齢とは不釣り合いなくらい逞しい身体つきをしていた。すごいなあ、鍛えてるんだろうなあ。エースは顔のそばかすが印象的で明るくてとても楽しい人だった。冒険した話をする姿や声、表情に強く惹かれてしまう。わたしは、生まれて初めて一目惚れをした。

でもエースは海賊だ。ひとつの島に長く留まることは無いし次また会えるのかというと、それは限りなく不可能に近い。わたしの恋心は、既に砕けたも同然である。カウンターでグラスを拭きながらわたしは盛大な溜め息を吐き出した。


「暗い顔してどうした?」

「…エース」

「ん?腹痛ェのか?」


片手に肉を持ってカウンターにやって来たのはエースで、わたしを見て首をかしげている。まさか暗い顔の原因が自分だなんて思いもしないだろうな。なんとなく恨めしく思えたけどそれはお門違いというやつだ。わたしはグラスを並べてエースと向き合った。エースは肉に噛み付きながらわたしと目を合わせてくれる。こうして見れば、海賊には見えないよなあ。普通の男の子って感じ。だけど現実にはエースは海賊で、わたしはただの島の娘。この関係は一生平行線を辿り、交わることは有り得ない。変えられない。だから、仕方無い。エースから視線を逸らす。泣きそうとまではいかないけど表情が暗くなるのは押さえられそうになかった。


「…あんたやっぱ変だぞ。元気ねェし、さっきから全然喋らねェし」

「…エース達、明日島を出るんでしょ?」

「うん」

「それがなんか、寂しいなあって」


思ったことを正直に言葉にすると、改めて寂しさを実感してしまった。たった三日間だったけどほんとうに面白かったんだ。話を聞いてみればわたしも海に出たいなんて思ってしまった。そんなこと、どう考えたって現実問題無理なのに。はあ…と今日何回目になるか分からない溜め息をつく。どうしようもないんだ。諦めるしかない。エースは目を丸くして瞼をぱちくりと上下させていた。なにその顔。エースはカウンターに寄り掛かりつつ肉に噛み付く。歯で引きちぎりながら、もごもごと口を動かした。


「じゃあ、一緒に来いよ」

「……へっ?」


あんまりにも予想外の台詞だったから思わず間抜けな声が出てしまった。エース今、なんて言った?一緒に来いよ、って。わたしは目を見開く。それって。それってつまり、一緒に海に出よう、ってこと、なんだろうか。何度瞬いても景色が変わることはなくて、今見てるコレが夢じゃないことが分かった。だから、ほんとうにびっくりした。エースは肉を口に詰め込むと一気に嚥下する。それから、わたしに向かってニカッと笑って見せた。


「…む、無理だよ。わたし海賊なんて出来ないもん」

「なんで?」

「だって海賊って戦ったりお宝を奪ったりするんでしょ?わたしにはそんなの」

「出来ねェならしなくていいさ」

「わ、わたし掃除しか能がないし」

「十分だ」

「…ほんとにいいの?」


わたし、ほんとに何も出来ないんだよ。確認するように訊くとエースは迷わず大きく頷いてくれて、わたしは思わずエースの首に抱き着いた。エースは十秒くらい固まっていたけど突然ハッとしたように身体を揺らすとすごい勢いでわたしを引き剥がした。わあびっくりした。エースの口がご飯を欲しがる金魚みたくぱくぱくと開閉している。なんだろうと思って見ているとエースは首から耳の先までじわじわと赤くなっていった。あ、あれ?わたしが抱き着いちゃったからかな?よく考えればわたし大胆なことしちゃった。どうしよう、沈黙がイタイ。自分のやらかしたことに恥ずかしくなっているとエースの後ろの方からお仲間さんがはしゃぐのが聞こえた。


「ほお、やるじゃねェかエースの奴」

「ガキが一丁前にいちゃつきやがって…羨ましいぞコノヤロー!」

「そこのお二方、いちゃつきたいなら人目のねェとこ行きなよ」

「ばッ、ばっか…!てめェらなァ!」

「キャ!こわーい!」


怒鳴るエースをお仲間さんはげらげらと笑った。コワーイなんて言ってるけど全然怖そうじゃない。そりゃそうだ。わたし達をからかってるだけなんだから。エースはぎりぎりと歯噛みしてテンガロンハットを片手で押さえた。隠れた顔はどんな風になってるのか分からなかったけど、髪の隙間から見える耳は真っ赤だった。エース、と名前を呼ぶ。返事はしてくれない。肩を叩こうと伸ばした手はそっと掴まれて、ぎゅっと握り込まれた。エースはわたしの方を見てくれない。心臓が跳ねる。エースの手は、ほんのちょっとだけ震えていた。


「寂しくなんか、させねェ」


お仲間さんの囃し立てる声なんかもう聞こえてなかった。これって、期待していいのかな。





上手に奪ってね






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110908/ten
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