女は泣いた。はらはらと透明のしずくを落とした。ずっとそうしていたのだろうか、目は真っ赤で涙袋の辺りが黒ずんでいる。女はこぼれ落ちるしずくを拭いもせずにただ真っ直ぐを見つめていた。私を、ただ真っ直ぐに。手を伸ばそうかと思ったが、やめた。伸ばしてはいけない気がした。眉間に皺が刻まれていくのが分かる。何故だ。何故泣くのだ。私の前で泣くことは許さない、裏切ることは斬滅に値する。冷たい唇を動かせば女は首を横に振った。そんな些細な仕草が儚く見えた。


「私は裏切っておりませぬ」

「私との誓いを破るのは裏切りと同じことだ」

「いいえ、いいえ。私は裏切っておりませぬ」


涙が止まらない。苦しくて切なくて悲しくて身体が引き裂かれそうだった。目の前にいる男は怖い顔をして私を睨んでいる。そんな些細な仕草に胸が熱くなる。嗚呼どうして、何故現れてしまったの。青白い男は今にも消えてしまいそうで、私は目を伏せた。これ以上見たらお互いに壊れてしまう気がした。冷たい風が頬を滑る。冷たい、つめたい、覇気のない空間。私は決して裏切っておりませぬ。あなたの前では泣かないよう努めて参りました。あなたが私を裏切らない限り、決して泣かないとお誓い致しました。震える声で伝えれば男はまた眉間に皺を増やした。


「私は貴様を裏切った覚えはない」

「いいえ、裏切ったのです」

「違う」

「えぇ。違うのであれば、どれだけ幸せでしょう」

「何の話だ」


女が手を伸ばす。もどかしいくらいゆっくり、静かに。柔らかそうな手だと思った。温かそうな手だと思った。だが触れてはいけないと思った。触れられないと、悟った。


「お傍にいるとお誓い致しました」


「…そうか」

「それを破ったのは、あなたではありませんか」


伸ばした手は彼の胸を突き抜けた。触れられなかった。手には何の感触も無い。冷たい空気だけが指の間をすり抜ける。


「何故現れたのです。何故、消えてしまわれたのです」

「……」

「消えてしまえば斬滅も出来ない。現れてしまえば泣くことしか出来ない。なのに、何故」

「…済まない」


嗚呼そうだ。誓いを破ったのは、女を裏切ったのは、私の方ではないか。


「何故しんでしまったの、三成様」


私を独りにしたのはあなた。何故、嗚呼、何故。何故私を裏切ったの。





とある男女の話





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