「あ、マル」

「おうおめでとさん。今忙しいから後にしろい」


名前を呼び終わる前にペラペラッと口早に言われわたしは思わず唖然としてしまった。マルコは動きを止めることなくそのまま廊下を歩いていく。その姿が食堂に消えた頃、わたしはハッと我に帰った。今、マルコのクソボケは、なんて言った?おめでとさん?それが、それが愛しい恋人の誕生日に言うことなのか!鏡を見なくても分かる、きっとわたしは今眉間に深い皺が刻まれてひどい顔をしているんだろう。だけど、これって絶対マルコが悪い。


(恋人の誕生日をオメデトサンだけで済ますってどんだけだよ)


プレゼントを寄越せとは言わないよ(欲しいけど)でももっとちゃんとした言葉をくれてもいいんじゃないの?怒りが沸々と込み上げてくる。食堂まで追いかけてぶん殴ってやろうかと思ったけど、もしかしたらほんとうに忙しいだけなのかも知れない。だから、夕方だ。夕方になれば忙しくなくなるはずだもん。夕方なっても何も言ってくれないなら、本気でぶちギレてやる。わたしはそう決めると自分の部屋に戻った。特にすることもないし、夕方まで眠ってやろうと思ったのだ。起きたら、きっとマルコが隣にいてくれる。淡い期待を胸にわたしはベッドに飛び込んだ。





















期待をしたわたしが、馬鹿だったんだ。

目を覚ませば部屋は真っ暗。夕方過ぎるまで寝ちゃうわたしもわたしだけど、何のアクションも仕掛けてこないマルコはどうなるんだ。わたしは呆然と自分の部屋を眺めながら、まさか、と思った。まさかマルコ、わたしの誕生日を忘れてしまった、とか。いや待てそんな訳はない。だって昼間に「おめでとさん」って言われたもん。だから忘れてない。覚えていて、何のアクションも無いのだ。


(なに、それ)


忙しいって言うけど、わたしの誕生日より重要なことだったの?それともわたしの誕生日はオメデトサンだけで済ませてしまうような、そんなものなの?こんなことを考えるわたしが我が儘なのかな。でも、やだ。悔しいよ、苦しいよ。1年に1度しかないわたしの誕生日だもん、ちゃんとマルコに祝って欲しいのに。マルコの馬鹿。顔を歪めると涙がこぼれた。もう我慢出来ない、ぶちギレた。絶対ぶん殴ってやる。わたしはみっともないくらい涙を流したまま自分の部屋を飛び出した。ズダダダダッと廊下を駆け抜けて食堂の前で止まった。もう夕食の時間だ、マルコだって居るはず。よし、クルーの前で殴ってやろう。一度だけ深呼吸をしてわたしは食堂のドアを荒々しく開け放った。マルコ、と叫びかけた口が、半開きで固まる。


「うおっ!び、びっくりした…てゆうかお前起きちまったのか!」

「やっべまだ終わってねェっつの!マルコ!厨房から出るなよ!」

「あらやだ、どうして泣いてるの?」


上からエース、サッチ、ナース長。ナース長はわたしを見てびっくりしてるみたいだった。びっくりしたのはわたしの方だ。なにこれ。なんでこうなってるの?

食堂の壁やテーブルは紙のリングやモールで飾り付けがしてあっていつもよりも華やかだった。それに普段なら夕食の時間なのにみんなただテーブルに着いただけでご飯には手をつけてない。てゆうか、なんでオヤジまで居るんだ。いつもは自分の部屋で食べるじゃないか。わたしは食堂の奥に座るオヤジを凝視してしまった。オヤジはオヤジでグララララ!と豪快に笑っている。…頭がついていかない。大体、マルコは何処にいるんだろ。そんなわたしの考えを読んでか否か、厨房からマルコが姿を現した。

マルコはわたしを見て目を見張った後、慌てて駆け寄って来た。マルコを見たらすぐぶん殴ってやろうと思ってたのに、もうそれどころじゃない。涙腺が壊れたみたいに涙が次から次へとこぼれた。

マルコの手には、いびつなケーキがあった。


「なっ…なんで、泣いてんだよい。誰に泣かされた?」

「…マルコが!」

「おれ?」

「マルコ昼間、わたしにおめでとさんってしか言ってくれなかった!」

「あ、あー、あれは忙しくてよい…」

「忙しくたって他にも言い方あるよ!それにこんな時間になっても何もしてくれないしわたし悲しくなって…っ、もうぶん殴ってやるって思ったの!」

「…悲しくなって殴ろうと思ったのかよい…」


マルコは片手でわたしの頭をぽんぽんと叩いた。そのリズムに合わせて涙がこぼれ落ちる。握り締めた拳は涙も拭えないで、わたしはただただ泣き続けた。


「ケーキをな、作ってたんだよい。おめェ食いたいって言ってろい」


そうだ。確かにわたしは「誕生日にはいつもおやつに出てくるような簡単なやつじゃなくて特別なのが食べたい!」と昨日の夜までずっと言っていた。欲しいプレゼントなんか特に浮かばなかったし誕生日にはとにかくケーキがあれば嬉しいと思ったから。でもケーキはサッチが作るんだと思ってて、だって、まさかこんな。マルコの持つケーキを見つめる。見てすぐマルコが作ったんだって分かった。形がいびつだしクリームの塗り方も下手くそだし、わたしの好きなイチゴがたくさん乗ってるし。ケーキなんか、作ったことないくせに。おっさんのくせに。涙が止まらないじゃないか。


「…その、冷たくしちまったみてェで、悪かった。見て呉れはこうだが味はなかなか」

「マルコ好き」

「いいんだ…え?」

「マルコ大好き」


みんないたけどわたし達の関係は知られているし、なりふり構わずマルコに抱き着いた。マルコは焦ったように体を揺らして慌ててテーブルにケーキを置いていた。それから、改めてぎゅうっと抱き締められる。サッチがヒューだのピューイだのと囃し立てたけど知らない知らない。この瞬間が堪らなく幸せで、生まれてきてほんとうによかったなんて思ってしまった。マルコの薄い唇がこめかみにそっと触れる。抱き締められたまま、耳元で聞こえた言葉。


「ハッピーバースデイ。…おれも、大好きだよい」





ハートフルハピネス



「グララララ、サッチ、エース。あいつらいつまで引っ付いてやがんだ」

「引き剥がすぞエース」

「おう。ついでに殴るぞ。むかつくから」





Special Thanks kirin!
110908/ten
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