好きだ、と言われた。嘘だ、って言い返した。でもまた好きだ、と言われた。嘘だそんなの。どうしても信じられなくて目を閉じる。期待はしたくない。だけど、笑ってしまう自分がいる。ああそっか。なあんだ。好きなんだ。あたし達は両想いなんだ。そう思ったら嬉しくて嬉しくて、幸せだった。身体が浮かんでいきそう。不意に引き寄せられて、そっと抱き締められた。心臓が強く跳ねてる。身体まるごと心臓になっちゃったみたい。どくどくどくどく、もう何も聞こえない。このまま混ざってひとつになれたらきっともっと幸せだろうな。好きと言葉にした。もっと好きになった気がした。大きくて温かい胸にしがみつく。名前を呼ばれる。顔を上げる。ゆっくり近付いてくるマルコさんの顔に、あたしは静かに目を閉じた────。




















「キャアアアアア!」


自分のあげた悲鳴にびっくりして跳ね起きた。しばらく呆然として、慌ててバッと隣に首を向ける。隣のベッドは空だった。よかった、リジィいなかった。今の悲鳴(奇声)聞かれなくて済んだ。タオルケットを握り締める。心臓が、うるさい。見開いた目に涙が浮かんだ。情けないってゆうか恥ずかしいってゆうかとにかく色んなものがごちゃ混ぜでもうワケ分かんない。最悪だ。最低だ。あたし、今、なんつう夢を…!


「…うああああ…」


どうしようもない罪悪感と羞恥心が胸の中を渦巻いた。いくら夢とは言え、マルコさんにキス、されるって…もう何なんだよ。そう言えば夢って自分の願望を映すって聞いたことある。じゃあ今の夢は、あたしの願望…なのかな。そうだとしたら、それは、ほんとに恥ずかしい。穴があったら入りたいとはこのことだ。両手で顔を覆って俯いた。顔、めっちゃ熱い。盛大な溜め息を吐き出しみても全然すっきりしなかった。ああもうどうしよう、マルコさんと顔、合わせづらい…。あんな風に優しく好きだって言われて抱き締められて、キスされて。でも全部夢で。マルコさんとあたしはそんな関係ではないのが現実だ。だから普通にしてなきゃいけないのに。


「ハァ…もうやだ、最悪…」

「何がだい」


────突然、何の前触れもなく聞こえた声に顔を上げれば、何故かそこにはマルコさんがいた。


「ッキャアアアアア!!!」

「うおっ!ど、どっから声出してんだよい!」

「なん、なっ、い…っ、いつからそこに…!」

「お前が溜め息ついてるくらいからいたよい」


マルコさんはベッドに腰掛けて耳に指を突っ込んでいた。あたしの悲鳴(奇声)がうるさかったらしい。いやだけどこれ叫ぶなって言う方が無理だろ。全然気付かなかった。てゆうか、イヤ、駄目だよ。今マルコさんの顔見れない。タオルケットを胸元まで手繰り寄せて膝を曲げる。少しでもマルコさんと距離を取ろうと思った。しかしマルコさんは首をかしげて、少し身を乗り出して来やがった。マルコさんの手が、顔が、唇が、目につく。さっき見た夢が鮮明に蘇る。顔に熱がこもった。


「リジィにお前が起きてくるのが遅ェから見てきてくれって頼まれてよい。悲鳴も聞こえたんで勝手に入っちまったんだが…」

「あ、ああ、そでしたか…」

「怖い夢でも見たかい?顔が真っ赤だ」

「っいや、ちがいます、大丈夫です…」

「熱は」

「だっ、大丈夫です触らないでください!」


マルコさんの手が伸びてきて、慌てて口走った。少し突き放すような口調だった。マルコさんの動きが止まる。失礼なこと言ってしまったかも知れない。でもほんとうに無理だ。駄目だ。今は、どうしても。顔が見れない。俯いて、絞り出すように言った。


「だ…大丈夫ですから、出て行って貰えませんか」

「…悪かったよい」


マルコさんは、笑った。軽く笑ったまま、静かに部屋を出て行った。パタンと閉まったドアを見つめる。なんだか自分がひどく最低な人間に思えてきた。マルコさんはただ心配してくれただけなのに。変な夢を見ただけであんな態度をとってしまった。嫌われたかな。もうやだ最悪、最悪、最悪。ほんとにもうやだ。馬鹿みたい、あたし。自分の膝を抱き締める。情けなくって泣きそうだ。目をぎゅっと瞑ったら、外からパタパタと足音が聞こえてきた。また誰か来たのかな。まさかマルコさん…?顔を上げるのと同時にドアをが開く。そこに立っていたのは、リジィだった。


「リジィ」

「大丈夫ですか?」

「へ?」

「今そこでマルコ隊長から聞きましたけれど」


リジィはそこ、と廊下に視線を向ける。あたしはリジィの口から出てきた名前にビクッと肩を揺らしてしまった。リジィは後ろ手でドアを閉めると、大きな垂れ目をぱちぱちさせた。


「生理が始まった、ので?」

「………は」

「顔は赤いし触らないで、出て行って、と言われたから、もしかして生理が始まったんじゃないかと言われたのですけれど」

「違う違う違う!てゆうかそれ、マルコさんが…!?」

「はい。隊長もお年頃なのでそれくらいお見通しですよ」


いや、オトシゴロってなにそれ…。リジィはさっきまでマルコさんがいたところに腰をおろした。綺麗なブロンドの髪を耳にかけながら、ふわっと微笑む。


「予定日はまだまだ先のはずですが、本当に始まったのですか?」

「ううん、始まってない」

「じゃあ何か、やましい夢でも見ました?」

「…リジィ、エスパー?」

「女の勘ですよ」


リジィはとっても可愛らしくにっこりと笑った。あたしも女だけど、女の勘って怖い。リジィはそれ以上何も言わなかったし訊いてこなかった。ただ黙って座っているだけだった。なんか、リジィには敵わない。いや、あたしが子どもなだけだろうな。もっと大人で、割り切れていれば、マルコさんにあんな態度をとらずに済んだかも知れないし。…マルコさんは大人だな。あんな態度とったあたしのこと、心配してくれてたんだ。

ああ駄目だ。爆発しそう。こんな時にまで、どんどん惹かれていく。


「…マルコさんに謝りに行くの、付いてきてくれる?」

「ふふ、いいですよ。まずはその赤い顔をなんとかしましょうか」

「う」


両手で頬を挟む。思いの外熱くてびっくりした。これがただの風邪だったなら、楽だったんだろうなあ、なんてね。





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