「おい」

「あ、マルコさん」

「何読んでんだい」

「竹取物語ですよ」

「タケトリモノガタリ?」


たどたどしく言葉を返すマルコさんを見て、ああやっぱり知らないんだと思った。てゆうか今の言い方可愛いかも。思わず小さく吹き出してしまった。

場所は甲板。陽当たりも丁度よく、あたしは珍しく読書をしていた。とは言えこの本はあたしのものじゃない。ついさっきイゾウさんから借りたものだ。部屋の整理をしてたら出てきてさとイゾウさんが持っていたものをなんとなく手に取ってみたのである。開いてみてびっくり、その本はよく知っている竹取物語だったし、何より全部日本語で書いてあった。しかも縦書き。こっちでの本やら新聞やらは全部英語で書いてあって読む気が失せていたんだけど、これならあたしでも読める。


「…お前、これが読めるのかい?」

「読んであげましょうか?いまはむかし、たけとりのおきなというものありけり」

「…意味が分からねェ」

「ただの童話ですよ。人魚姫とかシンデレラと同じです」

「ほぉ…しかし、その文字を読めるのはイゾウくらいだよい」

「イゾウさんもそう言ってました」


どうやらイゾウさんの出身地とあたしの世界は通じるところがあるらしい。世界というか、多分イゾウさんのいたところと日本が似てるんだと思う。ワノ国だったっけ?いつか行ってみたいものである。ページをパラパラとめくる。授業でしか読んだことはなかったけど、こうして見てみるとなかなか面白い。現代語訳が無いのはちょっと辛いんだけどね。マルコさんは近くにあった樽に腰掛けた。マルコさんは本が好きだから、少なからず気になるんだろう。


「どんな話なんだい?」

「えーっと、すっごく簡単に説明すると、月から来たお姫様を地上の男達が取り合うんだけど、結局お姫様は月に帰っちゃうっていう話です」

「…それ本当に童話か?」

「悲しい話なんですよ。お姫様はかぐや姫っていうんですけどね」


それからはあたしの解釈で話した。かぐや姫はほんとうは地上に残っていたかったけど、いつかは月に帰らなきゃいけないから、誰とも恋をしなかった。別れが決まってる恋なんか虚しいし悲しいだけだから。子孫を残すなんて有り得ない。でも、生活をして人と関わっていくうちに情は沸いてしまうもの。かぐや姫は、地上を愛してた。月を見る度悲しそうにしてたのは別れが辛かったからだ。それでも別れの日が来て、月から迎えに来た天女から不死の薬を渡されるけど、かぐや姫はそれを少し舐めただけで、あとは帝へと残した。そして天の羽衣を着て、月に帰ってしまった。天の羽衣を着ると感情が消えてしまうらしい。だからかぐや姫は悲しい気持ちも恋しい気持ちも忘れて、地上から離れていったのだ。全部話し終えてから息をつく。なんかやっぱり、悲しい話だな。パタンと本を閉じるのとほぼ同時に、廊下の方から軽やかな声が聞こえた。


「今はとて、天の羽衣着るをりぞ、君をあはれと思ひいでける」

「…あ、イゾウさん」

「よう」


手をひらひらと振りながら近付いてくるイゾウさんに笑って返す。イゾウさんはマルコさんの隣に無理矢理腰おろした。場所を奪われたマルコさんはすごくうざそうな顔をしていた。


「読み聞かせならおれも混ぜてよ」

「残念、読み聞かせじゃないでーす」

「イゾウ、おめェ今なんつったんだよい」

「あ?あぁ、短歌だよ。詩みたいなもの」

「タンカ?」

「天の羽衣を着る時にかぐや姫が詠んだ歌さ。訳は」

「今はお別れと天の羽衣を着る時になって初めてあなたを恋しく思います…ですかね」


イゾウさんとマルコさんを見上げながら言えば、イゾウさんが目を丸くした。あれ、あたし変なこと言っちゃったかな。イゾウさんは顎に手を当ててふぅんだかへぇだか呟いている。え、なんだこれ。なんか恥ずかしい。もしかしてあたし今ドヤ顔してたんじゃないの。それはやばいそれは恥ずかしい。本で顔の下半分を隠す。すると、次に口を開いたのはマルコさんだった。


「あなたってのは、ミカドって奴のことかい」

「え?あ、はい、そうです」

「…つまりどういうことだよい?」

「えっ?えと、多分…離れ離れになることになって、やっとあなたが好きだって気付きました、みたいな…」

「……」


マルコさんは何度か目を瞬かせて口を閉じた。何か考えてるみたいだけど、何考えてるんだろ。てゆうか意外だな。マルコさんがここまで食い付いてくるなんて。いくら本が好きとは言えこういったモノにあんまり興味無いと思ってたけど。しかも今の短歌は恋の歌だ。マルコさん、何がそんなに気になるんだろ。考え込むように黙ってしまったマルコさんの肩を、イゾウさんががばっと抱き込んだ。突然の行動にマルコさんは勿論あたしも目を丸くする。


「失ってから気付くってやつさ。なあにマルコ、心当たりがあるの?」

「なっ…ねェよい、離せ!」

「お、ムキになるところが怪しい。ほら隊長殿、詳しく話しゃんせ」

「…イゾウ!」


ぶんっと振り上げたマルコさんの拳をひらりと避けてイゾウさんは船首の方へ踊るように逃げ出した。怖い形相をしたマルコさんがそれを追いかけていく。なんてゆうか、イゾウさんって、すごい。マルコさんにあそこまで詰め寄れる人ってイゾウさんくらいじゃないのかな。あ、サッチもかな?本を見下ろしながら、ふとイゾウさんが言ったことを思い出す。失ってから気付く、か。マルコさんは本当に何か心当たりがあったんだろうか。そこまで読み取ることは出来ない。マルコさんの頭の中には、誰が浮かんでいたんだろうか。


「…逢ふことも」





逢ふことも

なみだに浮かぶわが身には

死なぬ薬も何にかはせむ





かぐや姫の残した短歌を読んで、悲しみに暮れた帝が返した歌。意味は確かもう逢うこともないから、こぼれ落ちる涙に浮かぶ程の悲しみに満ちている私にとって、不死の薬が何の役に立ちましょうだったかな。好きな人に逢えないのなら死なない薬も何も要らない。あなたの代わりなんか何処にも無い。あなたじゃなきゃ駄目なんだよ、って。切ないくらいの恋の歌。胸の中で繰り返す。知らず知らず溜め息がこぼれた。


「…あたしが消えれば」


気付いて、くれるの?好きで好きで好きで好き過ぎてもう弾けてしまいそうなあたしを、恋しいだとか思ってくれるのかな。口の中だけで小さく呟いてぎゃあぎゃあと騒ぐマルコさんとイゾウさんを眺めた。今夜は満月だ。





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110821/ten
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