見知らぬ道。知り合いがいるとは思えない人混み。知らない土地。見覚えがない看板。ああ間違いない、わたしってば迷子だ。盛大な溜め息を吐き出して石段の上に座り込んだ。
ついさっきまでイゾウ隊長の背中を追っていたはずなのにおかしいな、いつの間にか離されてしまっていた。人混みに流されちゃったんだろう。はぐれるなよって釘刺されてたのに…。イゾウ隊長、怒ってるだろうなあ。ヒイッ恐ろしい。早くイゾウ隊長を捜さなきゃ。とは言え、初めて降りた島だ。右も左も分からないしわたしはやや方向音痴なところがあるため闇雲に歩いたって駄目なことは理解出来る。ならばどうするか。それはアレ、人に訊くのが一番。うん。我ながら素晴らしい考え。顔をぱちんと叩いて立ち上がる。イゾウ隊長ってば目立つ格好をしてるんだからきっとすぐ見つかるはずだ。石段から飛び下りる。誰に声をかけようかと視線をさまよわせて、すぐ近くの日陰で飲み物を飲んでいる男に気が付いた。丁度よかった、この人に訊こう。
「あの、すいません」
「…あ?」
コップから口を離してこっちを向いたその男は、低く声をこぼした。目の下には隈があってなんだか怖い顔をしている。うわあ悪人面だなあ。しかし悪人面と言えばうちのクルーもいい勝負だからちっとも怖くない。わたしだって海賊だもん、度胸くらいある。構わず口を開いた。
「えーっと、ワノ国の服を着た美人な男、見ませんでしたか?」
「…知らねェ」
「じゃあ、んー…港ってどっちですか?」
「…南の方角に進めばいい」
「南の…南ってどっち?」
「……」
船に帰ればいいかなと港を訊いてみたけど、如何せんアホなわたしは東西南北が理解出来ていなかった。男は心底呆れたような顔をしてわたしを凝視している。いやあだって分かんないものは分かんないんだもん。照れ隠しにへらへらっと笑ってほっぺたを掻いた瞬間、男が目を見張った。え?わたし?わたしが何かした?男の視線を辿ってみれば見てるのはどうやらわたしの手、みたい。ほっぺたを掻いた手を見て合点がいった。ああなるほど、コレを見てたのか。
「あ、びっくりさせちゃいました?」
「…あぁ、驚いた」
「悪いことしようとか思ってないから逃げないでくだい。ちょっと仲間とはぐれちゃっただけなんで」
わたしの右手の甲には白ひげの刺青がいれてある。これを見て逃げ出す人間もいれば喧嘩を売ってくる人間もいるため色々と大変なのだ。まあ善くも悪くもオヤジって人間はすごいってことだよね。男はしばらくわたしの右手を見つめていたけど、なんだか楽しそうに目を細めた。うわ、なんか悪寒。この男カタギじゃないな。腰にぶら下げた愛銃を確認する。やり合うのは勿論避けたいけど万が一ってことがあるし…でも騒ぎを起こしたらオヤジに怒られるだろうなあ。それこそ避けたい。男との間に少しだけ距離を取った。
「白ひげが近くにいるのか」
「…もしかして賞金稼ぎ?」
「…新聞は読まねェのか」
「う…てゆうか、賞金稼ぎなら話は別。さよなら」
「そっちは治安の悪ィ区域だぜ」
「っわ、は、離して!」
男と逆方向へ歩き出したらパシッと腕を掴まれた。騒ぎを起こしたくは、ない。だから治安の悪いところへは行きたくない。でもこいつと戦うのもヤダ。掴まれた手を振り払おうと力を込めたけどビクともしない。なんだこいつ、細身に見えるけど力が強い。さっき新聞がどーのこーの言ってたし結構名のある賞金稼ぎなのかも。…仕方ない。白ひげが負けるなんてことはあっちゃならないんだ、やるしかない。反射的に銃に手を伸ばした。
「港の近くまで送ってやる」
「……は?」
「聞こえなかったのか」
「聞こえたけど…駄目だよ。あんたオヤジを狙ってるんでしょ」
銃に伸ばした手を止めて、男を睨み付ける。オヤジを狙ってる男を船に近付ける訳にはいかない。だけど男は怒りもしなければ笑いもせず、ただわたしを見据えていた。
「今は狙ってない」
「…いま、は?」
「あぁ。いずれ狙うかも知れねェが、今手を出すつもりはねェ。だから『近くまで送ってやる』んだ」
そう言うと男は手を離した。なんだろう。なんか、不思議な奴。お前を人質に!とか、お前からやつけてやる!とか、そういうつもりは無いのかな。変なの。半ば呆然と男を眺めた。男もわたしを見ていたけど、突然わたしの後ろに目をやり、すぐに背中を向けて人混みの中に流されていった。何故だか呼び止める気にはなれなくて、ただその背中を見送った。…わたしの後ろに何かあったのかな。振り返る、前に頭に凄まじい衝撃が落ちてきて、わたしは頭を抱えてその場に座り込んだ。
「お前は…!はぐれるなって言っただろうが!」
「い、イゾウ隊長〜…っ」
凄まじい衝撃の正体はイゾウ隊長のゲンコツである。見掛けによらずなかなかのゲンコツをお持ちなイゾウ隊長は大変ご立腹みたいだった。頭を押さえたままイゾウ隊長に何度もごめんなさいと謝った。イゾウ隊長は眉間に皺を刻んだままチィッと舌打ちをこぼす。おおコワ。
「余計な心配かけさすんじゃないよ、ったく」
「す、すいません…」
「この島に例のルーキーがいんだって。争いになるこたァないと思うけど、なるべく早めに船に戻るよ」
「…例のルーキー?」
「…お前は、まァた新聞読んでねェのかこの馬鹿!」
「ヒイッごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
そのあと結局もう一発ゲンコツを食らってしまった。イゾウ隊長マジ怖い。まるで熊の耳みたくたんこぶをこさえたわたしは船に戻ってすぐイゾウ隊長に新聞を読まされた(正座で)そこに載っていた写真と名前に、わたしは絶句することになる。
必然か偶然か
トラファルガー・ロー…賞金稼ぎじゃなかったのかあ。…なんでだろう、また逢える気がする。
Special Thanks kei!
110817/ten