バキッ。鈍い音を立ててエース隊長の身体が浮いた。そのまま甲板の隅に積み上げておいた樽にガッシャンガラガラッ、とド派手に突っ込む。エース隊長は倒れたまま動かなかったけど気を失ってはいないようだった。ただ空を呆然と眺めているだけだった。驚いたんだろう。部下である私から、力いっぱい殴られたんだから。

この事の発端は、つい先ほどまでいた島でのことだ。久々の島に気分が上がりブラブラとしていた時のことである。突然後ろからエース隊長が私の頭に自分のテンガロンハットを被せた、かと思えば凄まじい勢いで走り去って行ったのだ。意味不明な行動に首をかしげる暇もなく、すぐに色んな方向からやってきた男や女に囲まれた。みんな手に包丁やら鍋やらフライパンやらを持っている。そして、何故だか私を睨んでいた。



「やっと見付けたぞ食い逃げ犯め!」

「…は?食い逃げ?」

「メニューの端から端まで食べておいて逃げるなんて許せないわ!」

「ちょ待っ、それ私じゃな」

「言い訳は聞きたかねェ!その目立つテンガロンハットをみんなが見てんだ!」

「半裸で男だったような気もするが、どうだっていい!金を払え!」

「うちは2万8千ベリー!」

「うちもだよ!ここにいる全員の分の金を払うんだ!」




────と言う訳で、エース隊長にまんまと濡れ衣を着せられた私はコック達に食べてもいない料理の金を払い、無一文になった。おまけにフライパンで頭を力いっぱい殴られた。せっかくの島だったのに気分は一気に急降下、最悪もいいところだった。もう島を廻る気にはなれない。お金無くなったし。ナースにアイシングしてもらおう。でかいたんこぶが出来た頭を押さえながらトボトボと船に戻った。

トボトボトボトボ、甲板に上がる階段を登ればマルコ隊長やサッチ隊長がいて、元気の無い私に「どうした?」とか「何かあったか?」とか優しい言葉をかけてくれた。なんか、流石だなあって思ってしまった。そうだよ。隊長っていうのはこう、このふたりのような感じだよ。部下を心配したり気にかけたりさ。それに比べてうちの隊長ときたら食い逃げするし、洗濯物だって溜め込むし、寝坊癖が直らないし、よく物を壊すし…その度にいつもいつもいつもいつも私がフォローするんだ。正直きついんだぞ。マジふざけんなちくしょう。



「お!さっきは悪かったな、大丈夫か?」



不意に背後からかけられた声に、私の中で何かがプッツンと切れた。そして冒頭に戻るのだ。

何が、何が、大丈夫か、だ。ふざけんな。全ッ然大丈夫じゃない。お金は無くなったし買い物は出来ないしたんこぶは痛いし情けないしもう有り得ない。あれもこれもそれもどれでも全部全部ぜーんぶ!エース隊長の所為だ。エース隊長が120パーセント悪い。怒りのボルテージがマックスになった私は止まることを知らず、倒れたまま動かないエース隊長を睨み付けた。


「あんたって人はもう、本当に信じられない!隊長が部下のケツを拭うならまだしもなんで私があんたのケツを拭ってやらなきゃならないんですか!てゆうか逃げ切れないなら食い逃げなんかしないでください!それからお金は返してくださいよ!慰謝料だって貰いますからね!大体あんたは隊長の自覚が足りないんですよ!いつになったらひとりで起きられるようになるんですか情けない恥を知れ!馬鹿!アホ!そばかす!」


一気にまくし立ててからゼエゼエと肩で息をした。これで仮にエース隊長がキレても私は勝てるつもりでいた。力的な意味じゃなく、だって私が全部正しいから。マルコ隊長もサッチ隊長も私の味方をしてくれるはず。ちらりと横目でマルコ隊長達を見ればお腹を抱えて笑ってた。私がエース隊長にぶちギレたのが面白いのか、エース隊長が部下に殴られたのが面白いのか、はたまたどっちもか。まあどうでもいい。

不意にエース隊長はむくりと起き上がり、ぺたんと殴られた頬を押さえた。頬は真っ赤に腫れている。けど、謝るつもりは無い。エース隊長は座ったまま私を見上げると、口を半開きにした。


「…痛ェ」

「当たり前でしょう」

「…お前」


エース隊長はゆっくり、ゆっくり立ち上がった。思わず身構える。殴られるか?蹴られるか?なんだっていい、負けるもんか。意気込む私とは裏腹に、エース隊長は何の抑揚もなく、ぽつりと呟いた。


「おれのこと、好きなのか」


…もしも今頭上にカラスが飛んでいたなら「アホーアホー」と鳴いていたに違いない。だがしかし頭上には雲ひとつない青空しか広がっておらず空気も張りつめている。つまり、今のエース隊長の台詞は、この場にまったくそぐわなかった。関係無さすぎてツッコミをいれることも出来なかった。な、なん、だと。この男には言葉を理解する能力が無いのか。殴った上に怒鳴り散らした私がどうしてあんたなんかを好きになるってんだ。ポカーンとする私を他所に、エース隊長はぱあっと咲いた花のように笑った。え、何故だ。


「ガキの頃にジジイがな、愛ある拳に防ぐ術無し、って言ってたんだよ!」

「は、はァ?」

「おれはロギアでお前は覇気使いでもねェのにおれを殴れたってことは、そういうことだよな!」

「ちょ待っ、ち、近寄らないでくださいマジで」


ジジイが誰だか分からないが余計なことを言ってくれたものだ!じりじりと歩み寄ってくるエース隊長に恐怖を覚えて知らず知らず後ずさる。そりゃ確かに殴れちゃったけどもしかしたら私も武装色の覇気を纏っていたのかも知れないし愛なんか関係無い、ある訳無い。私はエース隊長なんか別に。


「そうだよな、毎朝起こしに来てくれるもんな。気付いてやれなくてごめんな」

「それはあんたが寝坊するからだよ!いやマジで近寄らないでマルコ隊長サッチ隊長助けて!」

「お邪魔虫は退散するかい」

「そうだねェ」

「えええええ!」

「逃げるなって。おれもお前のこと嫌いじゃねェから」

「ひいッ!」


がしっ。ついにエース隊長の手が私の腕を掴んだ。やばい、逃げなきゃ。何故そう思ったのかは分からないけど、逃げなきゃいけない気がした。たぶんそれは本能だったと思う。私の腕を掴んだエース隊長は、何を思ったか自分の胸へと私を引き寄せて、ぎゅうっと抱き締めたのだ。

エース隊長の胸が、頬に当たる。エース隊長って半裸だから肌に直接当たってなんかすごく困ってしまう。イヤイヤイヤ、てゆうかなんで私抱き締められてるの。背中と腰に回ったエース隊長の腕が熱い。違う、熱いのは、私だ。心臓が暴れまわってる。顔に血が集まる。やばい。なんだこれ。マジで離せ。でも、身体に力が入らない。声が出ない。


「おれもお前が好きだ」

「たっ…たい、ちょう」

「エースでいいよ。よろしくな!」


ニカッと笑った顔はいつも見慣れてるはずなのに、どうしようもなく胸がときめいたのは何故か誰か教えて欲しい。垂れ下がったままだった手がエース隊長の背中に回る。何処からかヒュウ、とひやかすような声がしたけどもう知らない、エース以外考えられないや。





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110816/ten
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