私は、女だ。そんなこと生まれた時から知っているし自分が女であることを疑ったことだってない。だけど、憎らしく思ったことはあった。なんで私は身長が伸びないんだろう。なんで私は筋肉がつかないんだろう。なんで私には生理なんてものがあるんだろう。こんなものさえ無ければ私はもっとみんなの役に立てたんだと、心から思う。それは戦闘中であったり食事中であったり生理中であったり、とにかく毎回強くぶち当たる。乗り越えようともがいたのは最初だけ。もがいても無駄だと気付いてからはただ耐えるだけになった。だってどれだけ頑張っても私はマルコみたく一番槍を努めることは出来ないしエースみたくたくさん食べて筋肉をつけることは出来ない。生理の辛さに寝込むことしか出来ない。私は、みんなのようには『強く』なれない。それを理解したのは早かったけど、それでも鍛練をやめる気にならなかった。ここで諦めたらただのアホだ。私がここにいる為にも常に先に進まなくては。そう意気込む私に、毎度ながら壁がぶち当たる。


「軽い貧血ね。あなた、今日だって分かってたでしょ?無理しちゃ駄目よ」


ナース長に言われ、私は返事もせずに目を閉じた。あまりの情けなさに涙が出そうだ。鍛練中に倒れてしまうなんて有り得ない。原因は月に一度の生理だった。ナース長の言う通り今日頃になるだろうと分かっていたけど鍛練を怠る訳にはいけないと多少の無理はした。それがこのザマだ。ほんとうに情けない。何も言わない私の頭を数回撫でるとナース長は医務室を出ていった。ベッドに転がる。医務室の匂いはキライだ。でも、静かだから落ち着く。

この船に乗ると決まった時、私はただの雑用係だった。それからナースの人手が足りないということでナースの助手になったが割りに合わず、それから今の戦闘員に落ち着いた。戦闘員になってからの鍛練はきつかったけど元々身体を動かすのが好きだったから筋肉がついていく自分の身体を嬉しく思っていた。だけどそれは次第に、私に現実を突き付けた。横向きに転がって溜め息を吐き出す。このままベッドに沈んでしまえたらいいのに。枕に頭を押し付けると、突然ガチャリとドアの開く音がした。ナース長が戻って来たのかな。視線だけを上に向ければこちらに近付いてくる影。それが誰かを理解して、私は目を見張った。


「なんだ、起きてんのかい」

「…マルコ」

「聞いたよい。稽古中に倒れたんだってな」


マルコはベッドに腰掛けると人当たりの良い笑みを浮かべた。見張ったままだった目を徐々に閉じて、私は瞼を伏せた。なんだかもう、何も言う気にならない。このまま寝てしまおうかなんて考えた。なんでマルコがここに来てくれたのかだとか気になったけどわざわざ訊く気にはならなかった。それに、呆れられているのだとしたら、何も言われたくなかった。だって情けないし。格好悪いし。タオルケットを頭まで被った。


「お前は頑張り過ぎなんだよい」


タオルケットを突き抜けて、マルコの言葉が耳に突き刺さった。


「女なのによい、人一倍稽古してよい。頑張るのはいいことだが無理は良くな」


バサッとタオルケットが翻るとマルコは口を閉じた。私がマルコを睨んでいるからだろう。隊長を睨むなんて失礼な真似をしていることはよく理解している。だけど睨まずにはいられない。マルコこそ今、私に失礼なことを言ったのだ。シーツを握り締める。指先が痛くなるくらいに力をいれた拳が微かに震えていた。何が頑張り過ぎ、だ。何が女なのに、だ。何が何が何が何が何が。なんで。どうして。わたし、は。マルコは何も言わない。驚いた風でも怒った風でも、さっきまでみたく笑っている訳でもない。ただただ無表情だった。


「…頑張らなきゃ、いけないでしょ」

「……」

「頑張らなきゃ強くなれないじゃない。置いてかれるじゃない。足手まといになってしまうでしょ」


ほんとうは今こうして休んでいるのも辛いくらい。ほんとうはまだまだ鍛練をしていたい。休んでいる間にも私はどんどん弱っていく。みんなから離されていく。ナースとして働くことも出来なかった私にはもう戦う以外に道は無いのに、弱くなるのは絶対にいけないことなのに。だから頑張らなきゃ。『頑張り過ぎ』くらいがいい、私はみんなより弱いんだから。頑張らなきゃ。女だからって、私は甘えてられないの。俯いて、歯を喰いしばった。


「私の何が分かるの…マルコはいいよね、男だから。背も高いし筋肉もつくしさ」

「…おい」

「私駄目なの。筋肉つかないの。筋トレしても食べてもつかない。胸とかお尻がおっきくなるだけでさ、背も伸びないの。頑張っても頑張っても、全然実らない。でも頑張らなきゃ、じゃなきゃ私」

「おい」

「弱いと、ここにいられなくなる」


この世界に名を轟かせる『白ひげ』に足手まといは要らないのだから。弱いままでなんか、いられない。そんな私の意思と反して身体はどんどん女らしくなってゆく。腰がくびれて来て肩や下半身も丸みを帯びて来て、当たり前だけど自分が女だと思い知る。それが悔しくて堪らない。マルコみたいに、エースみたいに、私が男だったなら。そしたらきっと今以上にもっと、強くなれていたはずなのに。細いままの肩をぎゅうと抱き締める。ああ駄目だ、我慢するのには慣れていたはずなのに、涙がこぼれる。情けない。こぼれるままのそれを拭いもせずに顔を上げる。マルコはただ私を見つめていた。


「…ごめんね、私どうかしてる。ちょっとひとりにして」

「はっきり言うと、お前は弱い」

「…え」

「おれ達を超えるつもりでいたのかい?それァ無理だ」


真っ直ぐに突き付けられた言葉に、私は頭を殴られたような衝撃を受けた。ヨワイ?誰が?私が?それは、分かってる。知ってる。マルコにもエースにも、この船にいる人間には敵わない。分かってるけど、そんなにはっきり言うことって、ない。頭にカッと血がのぼった私は反射的に右手を振り上げた。マルコの頬を打つ、その前にマルコに手首を掴まれる。咄嗟に左手を振り上げようとして、やめた。どうせ止められる。私は、マルコよりも弱いのだから。虚しさでこぼれたはずの涙が悔しさでいっぱいになる。苛々して歯痒くてどうしようもない。私は、弱い。


「弱いよ、お前は」

「うるさい!分かってる!」

「でも、すげェと思う」

「何それ、同情しないで!」

「同情?そんな安っぽいもん持ち合わせちゃいねェよい」

「もういい、聞きたくな」

「嫌味にしか聞こえねェだろうが、おれは本当に、すげェと思ってる」


はっきりと強く、どこか静かに響いた言葉に、そっと我に帰った。マルコの顔を見つめる。何が、すごいの。私からしてみればマルコの方がずっとすごい。隊長で、能力者で、強くて、すごい。憧れだ。そんなマルコがどうして私なんかを強いなんて言うのだろうか。分からない。掴まれた手が、やけに熱かった。


「お前は野郎共と同じ稽古をして弱音も吐かねェだろい?若ェ奴らに見習わせてェや」

「…だって、弱音なんか吐いてられない」

「それだ。お前は自分に厳しい。常に前を見てる。…だがよ、それじゃ疲れちまうだろい」

「だって、甘えてられない」

「自分の弱ェとこを見せられんのも、強さだと思うぜ」


マルコの両腕が伸びて、ゆっくり私の背中を包む。じんわりとした熱になんだか溶かされそうだと思った。じんわり、じんわり、じわり。強張った部分がほどけていく。ずくずくずく。下腹部が悲鳴をあげる。痛い、いたい。いたいよ。涙が止まらないよ。頬をなぞる涙が顎から自分の胸へ滴り落ちる。こんな私でも、すごいって言ってくれるの?


「言ったろい、頑張り過ぎだってよ。無理は良くねェ。今日はなんで倒れたんだ?」

「…生理…」

「そうかい。なら尚更だ、無理すんない」

「…でも」

「女はすげェな。男よりか弱いのに、命を産むことが出来るんだからよい」


マルコの大きな手が私のお腹をそっと押さえた。あたたかい手。マルコの言った『女はすごい』と言う言葉が耳から離れない。そう、かも知れない。私は男には出来ないことをやり遂げるだけの力を持っている。それはこの痛みが証明している。


「お前は弱い。でも、強い。すげェ女だと、おれが世界中に自慢してやらァ」


身体が震える。胸の奥からしゃくりあげる衝動に息が詰まって苦しい。未だにお腹を押さえたままのマルコの手に自分の手を重ねて、私はわあッと声をあげて泣き出した。自分で言うのもナンだけどずっと気を張っていたのが緩んでしまったんだと思う。弱くなんかなれない、強くならなきゃいけない。そう自分に言い聞かせていた私を、マルコは全部認めてくれた。嘘ひとつない言葉が、ほんとうに嬉しかった。

こうやって人前で泣くのは初めてだったけど嫌じゃなかった。マルコの腕の中は思いの外心地好くて、涙が止まらなかった。女でいるのも悪くない。下腹部のぬくもりに、私は少しだけ愛しさを覚えた。





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