ちくちくちく。一定のスピードですいすいとまるで泳ぐように動くマルコの手に目が釘付けになる。マルコの右手は針を、更に細かく言えば縫い針を持っていた。理由は簡単、彼はわたしのお気に入りのワンピースのボタンを縫い付けてくれているのだ。何てったってお気に入りだからね。ボタンが取れた、じゃあ新しいの買おーっと!とは割りきれなかったのである。しかし自慢じゃ無いがわたしは裁縫が下手だ。もう芸術的だと言っていいくらい裁縫が下手っくそなのだ。指が穴だらけどころじゃない、ワンピースがボロボロになってしまう。だからマルコに頼んだのだけど、なんだこいつ。裁縫めっちゃ巧い。


「…そんなに見られちゃやりずれェんだがよい」

「だってマルコすごい」

「ボタンくらい誰だって繕える」

「でもすごいよ。尊敬する」


わたしには出来ないからね。へらっと笑えばマルコはくつりくつりと喉を鳴らした。目は針から離さないままだ。どうやらものすごく集中しているらしい。マルコって料理はそんなに上手くないけど掃除と洗濯は上手だったっけ。ほんとうにすごい。しっかり固定されたか確かめるために軽く引っ張ったり摘んだりする様子をまじまじと眺める。欠けていたわたしのワンピースが、元通りになっていく。嬉しい。マルコに頼んでよかった。エースだったら燃やされそうだし、てゆうか自分でやればよかったんだけどねえへへ。マルコを見つめる。わたしの視線には気付いてないみたい。


「マルコって、いい旦那さんになるよね」

「…は?」

「料理は奥さんに任せたらいいんだし、掃除に洗濯に裁縫も出来るときたらパーフェクトでしょ」

「な、何がだい」

「わたしマルコみたいな人と結婚したいなあ」


あ、駄目だ。わたしってば料理も出来ない。それはもう芸術的なほどに。でもそこはマルコに頑張っていただいて…なんちって。けたけた笑ってマルコに近付く。すると、何故だかマルコの動きが止まっていた。あれ?なんか失敗しちゃったかな?マルコは固まっていて、だけどすぐに動き出した。…変なマルコ。


「ね、マルコ。わたしに裁縫教え」

「いッ!」


…い?何がイなの?短い悲鳴をあげたマルコの手元を覗き込めば左手の人差し指にボウッと青色の炎が灯った。どうやら針で刺してしまったらしい。珍しい。普段なら痛がりもせずただ炎になるだけなのに。再生が必要になるくらい、針仕事に集中していたのだろうか。マルコ、と視線を上げる。すると見えたのは、赤くなった耳とほっぺた。え、なんで。どうして赤くなってるの。再生して滑らかな肌に戻った人差し指を曲げてマルコはばつが悪そうに視線を泳がせている。マルコ、ともう一度名前を呼んだ。マルコは首を後ろを撫でて、小さく溜め息を吐き出した。


「…照れ臭ェからやめろい」


ぽつり。小さく小さく呟いた言葉は静かな部屋に思いの外響き渡った。部屋の隅々までしっかり染み込んだ頃に、わたしはその言葉を理解する。そうすると必然的に顔が赤い理由も分かった。分かったから、今度はわたしが固まる番だった。マルコはさっきまでのすいすいっぷりとは違いぎこちなく針を動かしている。きっとまだ照れ臭いのだ。わたしがべた褒めしたから。でもだからって照れ臭さのあまりに動揺して指を刺しちゃうって、それってちょっと。わたしの視線に耐え兼ねたのかマルコがじと、と瞼を半分伏せて睨んでくる。そんな仕草さえも、今のわたしにはクるものがあった。何この可愛い生き物。


「マルコ、顔真っ赤」

「うるせェよい」

「裁縫上手いね」

「…お前の口も縫い付けてやろうか」

「ヤダコワイ」

「じゃあ黙ってろい。うるさい嫁さんなんか御免だ」

「…ん?」


んんん?今なんて?マルコの顔を覗き込む。前に、手で顔を押し返された。やけに熱いマルコの手にびっくりしつつ、つい口が緩んでしまう。なんだか今日のマルコは可愛くてドキドキしてしまう。どうしようもなく大好きと叫んで抱き締めたい衝動に駆られたけど、そこは必死で我慢。ごっくんごっくんと飲み込む。裁縫も何も出来ないしうるさい嫁さんなんか御免だと言うのなら、あなたを静かに見守りましょうか。指の隙間からマルコに笑いかければ彼は盛大に溜め息を吐き出した。



ああ愛すべきひとよ!





Special Thanks tsugio!
110711/ten
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