「どうだ?」
────どうだ、と言われても。それがあたしの素直な感想だった。知ってか知らずか目の前にいる小平太はニコニコしながら不思議そうに首をかしげている。いやいやいや首をかしげたいのはあたしの方だ。なんだよそれ。笑いを通り越して軽く引いてしまったじゃんかよ。あたしが何故こうも驚いているのかというと、それは勿論小平太が原因だ。もっと詳しく言えば小平太の『頭』が原因だった。普段はもさもさっとした獣毛を思わせる髪の毛。時々葉っぱや泥をお供にしている夜の空みたいな髪の毛。普段は。普段なら。こう連呼するんだからお分かりだろう、今目の前にいる小平太は『普段』とかけ離れていた。
何が一体どうしてこうなったのか。小平太の髪の毛は、サラスト一位の仙蔵さえびっくりするくらい、サラサラツヤツヤになっていたのだ。
「なあどうだ?」
「ど…あ、あんたほんとに小平太?」
「ほんとに小平太だ」
「…頭どうしたの?」
「四年の斉藤にとりーとめんとをして貰った」
成る程、斉藤くんの仕業か。元カリスマ髪結いなら小平太のボンバーヘアーをサラストに…出来るのか。すげえ。カリスマ髪結い恐るべし。小平太の髪を触ってみるとサラサラで滑らかで、全然指に引っ掛からない。まるで絹糸みたいだ、とは言い過ぎだけどでも本当に綺麗だ。普段ならバサバサキシキシしてるのになんかすごい違和感。いやもう見た目の時点で違和感しまくりだけどね。結んでない髪は腰辺りまで長く、揺れる度にいい匂いがする。…ほんとに小平太じゃないみたい。
「で、どうだ?」
「どうだって…」
「イイか?」
「はあ?」
「昨日言ってたじゃないか。仙蔵みたいな髪、綺麗でイイなって」
「…ん?」
「どうだ?私もイイか?」
どうだ?どうだ?と小平太は髪を掻き上げたり流し目を送ったりポーズを取り始めた。あたしはというと小平太の言葉に記憶を探っていた。昨日、昨日…ああそうだ。昨日は天気がよかったから中庭で小平太と饅頭を食べていた。そしたらその時に陽に当たる自分の髪が赤く見えて、そんなことを言った、のかも知れない。でもあれは自分の髪があまりにも傷んでいたから『あたしもあれくらい綺麗だったらな』という気持ちで呟いたのであって決して小平太に対して言った言葉ではない。だけど、どうやら誤解を与えてしまったらしい。なんというか…なんか、照れてしまう。あたしが仙蔵の髪を褒めたからって同じような頭にするなんて。小平太はうきうきしてあたしからの褒め言葉を待ってるみたいだった。うん。正直に言ってあげよう。
「ごめん、全然似合わない」
「え!」
きっぱり言ってやると小平太は目を見開いて驚いていた。音にするなら『ガビン!』って感じ。見開いたまま固まったかと思うと今度はじわっと涙を浮かべている。しかもぷるぷる震え出した。ニコニコしたりポーズを決めたりぷるぷるしたり忙しい奴。そうさせてるのが自分だと思うとちょっと嬉しかったりして。
小平太の手を取る。腰に隠した苦無を握らせると眉間に皺を寄せて泣きそうな顔をした小平太は意味が分からんというように再び首をかしげた。
「あたしは小平太の髪、好きだよ」
「…へ?でもお前、仙蔵みたいな髪が」
「そりゃ好きだけど、でも」
葉っぱの匂い、土の匂い、太陽の匂い。小平太といると自分が見た訳ではないのに頭の中に色んな景色が広がる。小平太があたしのところに景色の1ページを持ってきてくれる。花の匂いだとか甘い香りだとか今も漂うこのトリートメントみたいに芳しい香りは無いけど、あたしはそういう小平太の匂いが好き。サラストじゃなくたっていい。もふもふバサバサッとした獣みたいな頭が好き。
「あたしはそのままの小平太がイイの」
ちょっと、いやかなり照れ臭かったけど頑張ってそう言ってやれば小平太はキョトンと目を丸くした。それから陽が照るみたいに明るくパアッと笑うと「塹壕掘ってくる!」とサラサラヘアーを靡かせながら凄まじい勢いで裏裏山の方へ走って行った。途中で止められたのか小松田さんが怒鳴る声がする。これで夕方頃には普段の小平太に戻っているだろう。顔に触ってみる。じんわり熱い。恥ずかしい。もうこんなことが無いように髪には気を付けなくては。取り敢えず斉藤くんのところへトリートメントを貰いに行こうと思う。
日向に抱かれる
「斉藤くんあたしめっちゃ愛されてた」
「知らなかったの?」
「知ってた」
「ごちそうさまで〜す」
Special Thanks koume!
110605/ten