同室の子と町に行こうと忍たまの中庭を横切っていた時、突然叫ぶように「危ない!」と言われた。えっ、と思った時には目前に点火済みの焙烙火矢が迫っていた。逃げなきゃ、って一瞬で理解したけど身体が石になったみたく動かない。唖然、恐怖、絶望。川の水をぶちまけられたみたいにゾッとした。今まで生きて来た中での思い出が頭の中をよぎる。わたし死ぬんだ。まるで他人事みたいに思うと涙も悲鳴も出なかった。

ドォオオンッ、と激しい爆音と爆風の後一気に目の前が真っ暗になって倒れ込む感覚。背中に痛みを感じて圧迫感に顔をしかめた。ああ、死んじゃった。わたし死んじゃったんだ。だって身体が重たい。何かに潰されてるみたい。死ぬってこんなにきついものなんだ。当たり前だけど知らなかった…。不意に手に当たったものをぎゅうっと掴んだ。…これ、なに?咄嗟にバッと目を開いて映ったのは、緑。視線を上げていくとそこにいたのは、忍たまの潮江くんだった。


「大丈夫か?」

「……」

「おい?どこか痛むのか?」

「…え、あの…えっ…?」


なんで潮江くんが目の前にいるんだ、ってゆうかわたしなんで潮江くんに抱き締められてるんだ。潮江くんの顔と真っ青な空が見えて自分が仰向けに倒れてるのが分かった。背中が痛かったのは倒れたからで、圧迫感は潮江くんに抱き締められてたからだったのか。驚き過ぎて声が出ない。潮江くんはむくりと起き上がるとわたしの腕を掴んで力強く引っ張った。力の抜けたわたしの身体は簡単に立ち上がり、よろめいて潮江くんの胸にぶつかる。潮江くんは真剣な顔のままわたしの肩や背中についた砂を払ってくれた。そして首だけを捻って振り返る。そこにはけらけら笑う七松くんと、やっぱりニヒルに笑う立花くんがいた。


「小平太!焙烙火矢をアタックするんじゃねぇ!仙蔵もなんで点火してんだアホか!」

「貴様が資料にひとつ寄越せと言ったんだろう」

「点火しろとは言ってねぇし小平太にアタックさせろとも言ってねぇ!」

「私はただ投げ渡しただけで、小平太が勝手にアタックしたんだ」

「わはは、すまん!」

「てめぇら…!」


どうやら砲弾火矢は彼らの仕業だったらしい。七松くんに掴みかかろうと詰め寄った潮江くんの背中を見てギョッとした。


「し、潮江くん!背中…!」

「ん?」


潮江くんは「何が?」みたいな顔してる。何が、じゃ、ない。潮江くんの背中は火傷を負っていた。制服が破れて爛れた肌が覗いてる。血も出てる。すごく痛そう。自分のことみたく顔をしかめた。そこでわたしはやっと、潮江くんが焙烙火矢からわたしを助けてくれたのだと理解した。わたしの所為で潮江くん、こんな酷い怪我を。わたし潮江くんとそんなに話したこともない、ってゆうか潮江くんはわたしの名前も知らないだろうし、それなのに庇ってくれるなんて。あの焙烙火矢、そんなにすごいものだったんだ。潮江くんが助けてくれなかったら今頃わたしの顔が…本気で怖くなった。震える足を動かして潮江くんに駆け寄る。


「潮江くんごめんね、こんな怪我、どうしよう…い、痛いよね…っ」

「これくらいなんでもねぇ」

「だ、だって血が出てるんだよ!」

「血が出てようがなんでもない。…なんだその顔。やっぱりどこか痛むのか?」


顔を歪めてしまうのは仕方ない。だって顔を歪めてしまうくらい潮江くんは酷い怪我をしてる。それなのに潮江くんは何でもない顔をしてわたしの顔を覗き込んできた。隈のひどい顔。潮江くんの顔をこんな形でまじまじ見ることになるとは。何も言えず固まっていると「ああっ!」と悲鳴じみた声が響いた。反射的に声のした方を見たら、そこには保健委員長の善法寺くんがいた。爆音を聞き付けたらしい。善法寺くんは潮江くんに駆け寄って背中を凝視している。


「何これ!?酷い火傷じゃな、もごっ!」

「あー、ほら伊作。適当に包帯巻いてくれ。見て呉れが悪い」


絶叫しかけた善法寺くんの口を塞いで潮江くんは善法寺くんが駆けてきた道を戻っていった。み、見て呉れの問題じゃないよあんなの…善法寺くんだってあんなに驚いてるのに。ど、どうしよう。もっときちんと謝って、お詫びにお団子とか買ってきた方がいいよね。ふらりとよろめくわたしの肩を、同室の子がばっと支えた。門で待っていたのを慌てて走って来てくれたみたい。それでも潮江くんの背中から目を離せずにいると、突然潮江くんが振り返った。それで、ばつが悪そうに、眉間に皺を寄せた。


「お前、気にするなよ。俺は本当に平気だ。だから…その、泣きそうな顔をするな」

「う…うん、はい…」

「次忍たま中庭を歩く時があれば気を付けてくれ」

「…はい…」


そう言って去っていく潮江くんはとても、凛としていた。怖くてギンギンした人だと思っていたけど、なんだか、違うみたい。まだ胸がばくばく騒いでる。怖かったから?違う。怖かったけどこれは、別のもの?潮江文次郎くん。口の中で呟いて騒ぐ胸を押さえた。町でお詫びの菓子折りを買ってきたら、また彼とお話し出来るかしら。





Special Thanks arita!
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