激しい頭痛で目が覚めた。薄暗い中、自分が今何処にいるのか把握出来ない。いつもより硬いベッドに冷たくてさらさらしたシーツ。薄いブランケット。独特な薬品の匂いを理解して、ここが医務室なのだと知る。頭を動かすと首が痛んだ。身体が重たい。左足の感覚が無い。私の身体はどうしてしまったんだろう。私は、私は確か、ああそうだ。私は確か、ひとりで敵船に突っ込んで、それから、記憶が無い。戦いがあった頃は昼間だったはず。私はどれくらい眠っていたのだろう。痛む首を動かしたら、突然頬にぺたりと冷たいものが触れた。この手、は。予想だったけれどそれはほとんど確信。ゆるゆると口を開く。自分が想像していたよりずっと小さな声が漏れた。


「いぞ、う」

「…起きたのか」

「左足、動かない」

「覚えてねェか?剣で刺されて、縫ったんだ。今はまだ麻酔が効いてる」

「…頭、すごく痛い」

「脳震盪の名残かもな」

「…怒ってる?」


返事は無い。暗闇に慣れた目が、ぼんやりイゾウを捕らえた。イゾウは光の無い目をして床に胡座をかいている。珍しい。髪が乱れてる。口紅もしてない。着物もぐしゃぐしゃ。ところどころ汚れているし、綺麗好きの彼にしては随分な装いだと思った。戦いが終わった後そのまま私を看ていてくれたのだろうか。頬に触れる手に自分のそれを重ねる。なんて、冷たい手。私が熱を出してるのかな。どっちだろう。目を伏せる。昼間の戦いを思い出した。

決して過信していた訳じゃない。私だって白ひげを背負うひとりだから、前へ出なくてはと思った。白ひげを名乗る以上怯えることは勿論退くことも出来ない。だから前へ出て、この有り様だ。これは流石に情けない。足を刺された挙げ句、脳震盪まで起こすなんて。私自身全然覚えてないのだけど。


「おれァ、恐ろしかったよ」


ぽつり。こぼれおちた言葉は静かに波紋を広げた。今の声は誰だったの。この部屋には私とイゾウしかいないのだから、イゾウの声だと判断するのが正しい。だけど私の知るイゾウの声は震えていないし弱々しくもない。何処か潤みを帯びた声音じゃあないはずだ。ぎしぎし軋む首を動かしてイゾウを見る。イゾウは柳眉を下げて眉間を絞って、強く歯噛みしていた。


「怒っちゃいねェんだ。家族の為に戦うお前を怒るのァ間違ってる。分かってる、分かってるが、どうもいけねェ」

「…イゾウ」

「腹が立って、悔しくて、苦しくて、おれは」


虚ろな目が濡れる。どうしようもなく胸が疼いた。私は初めて、大変なことをしてしまったのだと思った。決して過信していた訳じゃない。過信していた訳じゃないけれど、私は甘く見ていたのかも知れない。死ぬことはないのだと、どこかでナメていた。それがどうだ。私は死にかけて、周りの人間にこんな顔をさせてしまった。イゾウのこんな顔は初めて見る。いつも明るいイゾウのこんな顔、見たくなかった。だけどそうさせたのは私だ。私の所為だ。イゾウの白い肌につうっと涙が伝う。息が詰まる。ああ、私はなんてことをしてしまったのだろう。


「お前が敵に殴られて頭を打って倒れた時、お前が死んじまうんじゃねェかと思うと、おれは恐ろしくて堪らなかった」

「…ごめんなさい」

「いき…っ、いき、生ぎて、よかっ た 」

「ごめんなさいイゾウ。ほんとうにごめんなさい」


次々と溢れる涙を拭いたいのに手が動かない。彼の泣き顔なんて見たくないのに。嗚呼なのに、なんだか、ひどくあたたかいものが胸にじんわりと広がった。罪悪感はまだあるけれど、不謹慎だけれど、私は確かに彼に愛されているのだと思った。イゾウ、イゾウ。名前を呼ぶと頬に触れたままだった手が頭に回り、強く抱き締められた。身体のあちこちが痛むけど文句は言えない。痛みも感覚も感情も、生きている証拠。イゾウの言う通り私、ほんとうに生きててよかった。そう思うと、ぞっとした。


「もう、無茶しないから。だからイゾウ泣かないで」

「早く、治せよ」

「うん」

「なァ」

「うんってば」

「生きてくれてありがとう」

「…うん」


未だにずるずると鼻を鳴らすイゾウを見つめて、怪我というものがこんなに煩わしいものだと初めて知った。身体が動かないと彼に触れることも出来ない。早く治してイゾウを抱き締めてあげたいと、心から思った。





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110313/ten
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