ふわり、桜が舞う。散る。下級生達がらららと歌う声がどうしようもなく涙を誘った。泣かない泣かないと思っていたけど私も嬉し泣きをするんだなあ。他人事のように考えて、私はぼろぼろ涙をこぼした。

私は今日、とうとうこの忍術学園を卒業するのだ。










卒業式が終わったあとに教室に戻ってシナ先生のお話があった。六年間よく頑張っただとか立派になっただとか言うから私達の涙腺は緩みっ放しだった。お話が終わったあと、三週間前からみんなで用意していた寄せ書きをシナ先生に渡した。これには流石のシナ先生も驚いたらしく涙を浮かべて感動していた。みんなシナ先生に抱き着いていく。教室を見渡して、卒業するのが勿体なく思えた。

私服に着替えて忍たま長屋へ向かう。行事のある日だけは許可が無くても互いの長屋へ入っても大丈夫なのである。まあ、違反行為をしてはいけないけども。忍たま長屋の中庭では下級生が六年生に抱き着きぎゃあぎゃあと泣き喚いていた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。六年生も何人か泣いてるっぽい。なんとなく少し微笑ましいその光景に和みつつ進んでいって、ようやく望む姿を見付けた。


「いさっくん、おーい」

「あ、おーい」


桜の木の下で食満くんと何か話していたいさっくんに手を振りながら近付く。振り向いたいさっくんの目はうさぎみたいに赤かった。こりゃいさっくん、泣いたな。いさっくんはへにゃっと笑った。いさっくんとは入学当時から仲が良く、普段からよく喋ったりしている。そのお陰か(なんて言ったら可哀想だけど)不運に巻き込まれることも多かったけどいさっくんと一緒にいるのは楽しかった。いさっくんと仲良くなってもう六年経つのかあ。なんだか、あっという間だったなあ。


「いさっくんは就職?」

「うん。昨日やっと決まったんだ」

「え、昨日?」

「ずっと決まらなくて…ほら僕って不運だから」

「あーそりゃ…あはは。私は実家の手伝いかなあ」


私はくノ一にはならない。忍術学園へ入学したのも行儀見習いの為だ。習字や簡単な計算、礼儀作法を覚える為にと入学したから忍の術だとかそういうのは何も知らない。実家は簪や櫛を売る小間物屋をしている。きっと私は売り子になるのだろう。何処かの城へ就職するいさっくんとはもう、二度と会うことはないのだろう。いさっくんの横顔を見上げる。ふわふわした髪の毛。大きな目。忍者っぽくない不運っぷりも、見ることはなくなるのだ。


「…もう、いさっくんとこうして会ったり喋ったり出来ないんだね」

「え?」

「いさっくん不運だから戦とかですぐ死んじゃいそう」

「ちょっ、え、縁起でもないこと言わないでくれる!?」

「生きてても死んじゃっても、傍にいないから、もう何も分からないね」


ぼろり、堪えていたのに、大粒の涙がこぼれた。駄目だ。止まらない。潤む視界で見上げたいさっくんは呆然と私を見ていた。私はきっと周りにいる下級生みたいになっさけない顔をして泣いてるんだろう。だけど、ほんとに寂しいんだ。もういさっくんには会えない。喋れない。一緒に落とし穴に落ちたり水溜まりに転んだり七松くんの殺人サーブを頭で受けることもなくなる。当たり前だった日常が消えてしまう。私の中からいさっくんが、消えてしまう。それはほんとうに寂しいことだった。いさっくんは忍者だから戦に出ることもある。敵の城に潜入することもある。危険の中に身を晒して生きていくのだ。それを励ましてあげるのは私じゃない。ただの町娘の私にそんなことは叶わない。ああもう駄目だ駄目だ、これがもし最後なら、こんな別れ方したくない。袖で涙を拭って顔を上げた。


「いさっくん元気でね。無理しないでね。死なないでね」

「う…うん。うん…」

「私のこと、忘れないでね」

「…うん」

「じゃあ…それじゃあね」


にこっ。引き攣る顔で無理矢理笑う。これがもし最後なら、笑顔で別れたい。最後の思い出なら笑顔がいい。これ以上ここで泣いててもいさっくんが困るだけだ。踵を返して背中を向ける。呼び止めて欲しいような、そうじゃないような、曖昧な気持ち。私はいさっくんと離れたくないけど、いさっくん、またねって言ってくれなかったな。寂しいな。足が鉛になったみたいに重たい。引き摺るようにして門へ進んだ。これは別れの道だ。私達の『さよなら』の一歩。

────きゅっ、と。不意に袖を掴まれた。反射的に振り返る。そこには頬を少し赤くした、だけどキッと目を光らせたいさっくんがいた。


「き、君も知っての通り、僕は不運だ。歩けば落とし穴に落ちるしよく物をなくすし肝心な時にヘマをするし」

「…いさっくん?」

「いつもいつも肝心な時に、僕は、何も出来なかった。でもこれで最後だ。これで最後なら、もうヘマはしない。僕は、僕は不運だけど」


いさっくんの目が少しだけ潤んだ。唇を噛んで、拳を握りしめている。私はここでやっといさっくんの雰囲気が違うことに気付いた。どうしちゃったんだろう。どうして、そんな顔をしてるの。彼は今何を言おうとしてるの。意味も分からず心臓がどくりと跳ねた。掴まれたままの袖が静かに軋む。

ざあっと強い風が吹いて辺り一面に桜が踊った。靡く髪を押さえることは、出来なかった。いさっくんから目を離すことが出来なかった。いさっくんは強く噛んだ所為で跡のついた唇を、大きく開いた。


「僕は不運だけど、ずっと君といたから!だから、君がどうしたら幸せになれるのか、僕には分かるから!」





────ひらり、ひら
桜が舞う。





「寂しい思いはさせない!死なない!忘れない!し、幸せに、します、だから!」





────はらり、はら。
涙が散る。





「僕と一緒になってくれ!」







何だっていいから、








声が出なかった。涙ばっかりこぼれて、止まらなかった。いさっくん、いさっくん、いさっくん。恥ずかしくて、嬉しくて堪らない。私はこれを望んでいたのかも知れないと思う程に満たされた。宙へ浮かんでしまうくらい、幸福だった。気付かなかったな。私って、いさっくんが好きだったんだ。いさっくんの指先が涙を払う。だけどやっぱり涙は止まらなくて、いさっくんは困ったように笑った。いさっくんが悪い。いさっくんが泣かせたの。いさっくんの胸に額を押し付けて背中に手を回した、ら。


「すごいスリルー、う」

「こら伏木蔵!」

「ふむ、伊作もやるな」

「ふ、不謹慎な!」

「やったな伊作!」


周りから声がして、ぱっと顔を上げる。きゃっきゃっとはしゃぐ鶴町くんの目を塞ぐ能勢くん、顎に手をやり楽しそうな立花くん、真っ赤な潮江くん、こっちにピースしてる食満くん。そう言えば、そうだった。ここ中庭だった。いさっくんと目を合わせる。ふたり同時にカッと赤くなって慌てて身体を離した。ひ、人が見てる前でなんて恥ずかしいことを。はしたない。ちらりといさっくんを盗み見て、もしかして私より赤いかも知れないと思うと、愛しさが溢れた。

背伸びをしてちゅ、と唇を寄せた。だけど咄嗟だったし身長差もあって狙いは外れ、顎に触れた。ギャラリーがどよっとざわめく。当のいさっくんは目を小さく丸くさせて、ぱちぱちと瞬いていた。


「大好きだよいさっくん」


いさっくんは鼻血を吹き出して失神してしまった。





愛してね






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110311/ten
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