「文次郎オオオオ!」

「喧しい!」


────突然だが、私はでかい。何がって胸が。なんちって冗談である。でかいのはアレだ、背だ。身長が高い。どれくらいでかいかと言うとまずくのたま全学年の中では一番でかいし、忍たまの四年生並にはでかい。取り敢えず女では有り得ないくらいの高身長である。私はこの身長が、か・な・り!コンプレックスだった。いつも人には見上げられてばかりだし背が高いイコール力が強いみたいな概念の所為で力仕事ばっかり任せられるし。良いことない。今日も今日とて安藤先生に倉庫に石火矢を片付けて来るように言われた。あんな重たいものをくのたまである私が。ふざけんなよあんドーナツがと思ったが相手は先生だ。口には出せなかった。ぽろっと文句を言ってしまわないうちに手伝いを済ませて、仲のいい文次郎の部屋に避難して、そして冒頭に戻る。私は今文次郎と一緒に縁側の方へ座りぎゃんぎゃん叫んでいた。


「くっそーくっそー!どいつもこいつも!」

「…まぁ、ほら。元気出せ。いいことあるって」

「無いわ!でかくていいことなんっにも無いわ!」

「いいじゃねえか。お前くらいでかいと男の変装も出来るだろ」

「…だから文次郎ってモテないんだよ」

「なんだとてめえ!」


何処の世界に『男の変装も出来るメリットがあるじゃないか、だから元気出して!』なんて全然フォローになってないフォローをする男がいるのさ。いやここにいたけど。そんなメリット、女は全然嬉しくない。しかもそれってつまり私が男みたいだってことでしょう。男みたいにでかいってことでしょう。分かってるよそんなの。私ってば昔からそう。一年の頃から周りよりずば抜けて大きかった。名前を覚えられるまでは「ノッポちゃん」なんて屈辱的なあだ名までつけられた。私にとってはコンプレックスでしかないこの身体をあだ名にされるなんて、もう、ちくしょう。


「…お、おい。まさか泣いてんのか」

「泣いてないわ!」

「泣いてるじゃねえか…」

「泣いてない!私みたいなでかい女が泣いたって可愛くないだろ!」

「はぁ?」

「みんなから見上げられてさ、でかいってだけで怪力だと思われてさ、い、石火矢なんか運ばされて!あんなの田村に頼んだらいいじゃない!私ほんとにこの身体嫌なの!」


情けないくらいこぼれる涙を手の甲でごしごし拭う。だってほんとに嫌なの。この身体でいていいことなんてない。大体私って行儀見習いで忍術学園に通ってるのに変装なんて必要ないじゃない。文次郎のばかちん。文次郎は視線をうろうろと泳がせて口をもごもごさせている。こいつってほんとモテないな。慰めのひとつも出来ないとかさ。顔も老けてるし。…駄目だ。八つ当たりはよくない。早く泣き止もう。


「…なぁ」

「なあに」

「上手くは言えんが、その」

「おい」


目元をこすっていたら不意にざりざりと地面を踏み締める音と共に声がした。反射的に顔を上げて見ればそこには左手に縄梯子、右手に石火矢を持った食満がいて、目をきょとんとさせている。私を見たり文次郎を見たり、また私を見たり。食満はなんだかドン引きしたような顔をして文次郎を見た。


「女泣かしてんじゃねえよ」

「お、俺じゃねえ!」

「おい大丈夫か?」

「あは、これ文次郎は悪くないの。心配してくれてありがと食満」

「そうか?あ、今暇か?」

「へ?」

「これ、倉庫に持って行ってくれないか?吉野先生に呼ばれてしまってな」


そう言って食満が差し出したのは縄梯子。だけではなく、石火矢もである。縄梯子ってのは縄で出来てるけど意外と結構重たい。食満は男だしちゃんと鍛えてるからこうやって軽々と持ってるけど、私は女だ。絶対無理ではないけどきつい。辛い。しかもここから倉庫ってそれなりに距離があるじゃないか。こういうのって普通女に頼まないでしょう。しっかり拭ったはずの涙がまた浮かんできた。私が小さかったらちゃんと女の子扱いされてたのかな。こんな力仕事ばっか頼まれたりしなかったのかな。今さら愚図愚図言ったって、仕方ないんだけど。いいよいいよと立ち上がって食満から縄梯子を受け取る────はずだった私の腕は、空振った。


「俺が持って行く」


いつの間にか私の横に立っていた文次郎が食満から奪うようにして縄梯子と石火矢を取った。私も食満もポカーンと口を開いてしまった。だって文次郎と食満と言えば学園でも有名な犬猿コンビだ。その文次郎が食満の頼みを引き受けるなんて。食満と目を合わせて同時に首をかしげた。


「文次郎、てめえ熱があるんじゃねえか?」

「無えよ。さっさと吉野先生のところへ行けバカタレ」

「へいへい分かったよこの熱血馬鹿」


お互い憎まれ口を叩き合うと食満はくるりと踵を返して職員室の方へ走り出した。その後ろ姿を見送ったあと文次郎を見る。そして、自分の視線が若干上がっていることに気付いた。あれ?こいつこんなに背高かったっけ。じっと横顔を見つめるとこっちを向いた文次郎とばちっと目が合った。文次郎は無表情、かと思えば挙動不審に視線を彷徨わせて、石火矢の縄を持った手で頬を掻いた。あーだのえーだの何やら唸っている。何故だか顔がうっすら赤い。


「俺は、お前は女だと思う」

「…は?」

「いやッ、そうじゃねえ!あの、俺は、俺から見たら、女はみんな同じなんだよ」

「…ごめん、分かんない」

「だから…身長は関係ねえ」


目を見開いた。今文次郎、なんて言ったの。文次郎は相変わらず視線をうろうろうろうろ。だけど意を決したように口を引き結んで、私としっかり目を合わせた。眉間に皺が寄っていて困ったような顔をしている。


「俺は、お前がでかいからと言ってあのアヒル野郎みたいに力仕事を頼んだりしない。女に頼むくらいなら自分でやる。でかくても小さくても関係ねえ」

「も、文次郎…!」

「みっ…見上げられるのが嫌なら、……」

「え?」


文次郎の語尾がごにょごにょと小さくなってよく聞こえなかった。中在家並に小さくなった。今すごく感動してたのに。一歩近付いて、また気付く。あれ?首が反ってる?視界には文次郎の顔と空が映っていて違和感を覚えた。だって私ってほら、普段地面を見ることはあっても空を見ることは無いし。いつも見上げられてばっかりで…あれ?私もしかして今文次郎を見上げてる?でかい私が?文次郎は首から耳の先まで真っ赤にしてだらだらと汗を流して、クワッと口を開いた。


「み、見上げられるのが嫌ならずっと俺の傍にいたらいいだろうが!」

「…………もっ」

「バカタレエエエエエエ!」


あ。と思った時にはもう遅く、文次郎は絶叫しながらバタバタと倉庫の方へ走って行った。な、なんだと。あいつは今なんて。私の顔はまるで時限爆弾のようにチクタクと時間を刻み、ボンッと真っ赤に噴火した。



高度××cmから
愛を込めて






Special Thanks asahi!
110307/ten
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