女中さんに甘い蜜柑を貰ったから吉継様と一緒に食べようと思って、吉継様のお部屋に向かった。吉継様、と言いながら障子を開いて、心の底から後悔した。いつもいつも吉継様に「部屋に入る時は声を掛けよ」と怒られているのを思い出して本気で反省した。

吉継様は裸だった。詳しく言えば、上半身の包帯を外しておられた。きっと包帯を代えていたのだろう。吉継様は固まりっ放しのわたしを見て呆れたように息をついた。


「やれ、いつまで見ているつもりか」

「……」

「助平」

「すっ、ち、ちが」


我に帰ると共に腕に抱えた蜜柑がころんころんと転がり落ちた。わたわたしながら全部拾って吉継様に歩み寄る。吉継様は琥珀色の目を細めた。右手をわたしの顔に向けた、かと思えば頭上から数珠が降ってきてパコーン!といい音を立ててわたしの頭とぶつかった。うっぎゃ痛い!蜜柑から手を離して頭を押さえる。蜜柑が再びころんころんと転がったけどあまりの痛みに動けなかった。やっと痛みが引いてきた頃おずおず顔を上げるとそこには上半身に綺麗に包帯を巻いた吉継様がいた。


「よ、吉継様、痛いです」

「我の裸体を見た罰よ」

「らっ…そ、それはごめんなさい。わたし、吉継様と蜜柑食べようと思って」

「…言うことはそれだけか」

「え?」

「他に言うことは無いのか」


蜜柑を拾いながら吉継様を見上げる。吉継様は何処か悲しそうな目で遠くを見つめていた。ど、どうなさったんだろう。吉継様のあんな目、初めて見た。上半身を見られたことがそんなに嫌だったのだろうか。なんだか処女みた…イヤイヤイヤ。立ち尽くしていたら冷たい風が吹き抜けた。いけない、吉継様は包帯しか纏ってないのに風邪を引いてしまう。障子を閉めて吉継様に近付く。肩から掛けていた半纏を吉継様の肩に掛けようとして、吉継様が少しだけ身体を揺らしたのが分かった。


「…何も思わなんだか」

「…えーっと」

「我の、」

「殿方だなあ、と」

「…は?」

「その…筋肉とか引き締まってて、素敵で、吉継様も殿方なのだなあと、思いました」


率直な感想はそれだった。いつも包帯に隠された身体は意外にも筋肉質で引き締まっていて、逞しかった。素敵だと思った。勿論吉継様が殿方だと言うことは知っている。知っているから、改めて思い知らされたのだ。

吉継様はわたしの回答が余程見当違いだったらしく目をぱちぱちさせて固まっている。だけどすぐに目を細めて甲高く笑った。


「ヒッヒッヒッヒッ!」

「…吉継様?」

「…ぬしはまこと、うつけよな」

「? あ、蜜柑食べます?」


蜜柑を片手に首をかしげると吉継様は頷いた。蜜柑は身体にいいから、吉継様の御病気が少しでも良くなるといいなあ。





傷痕を撫でる





「刑部、傷が痛むのか」

「否、寧ろ心地好い」


押さえていた胸からそっと手を離す。三成はたいして興味も無さそうに刀の手入れを始めた。三成の部屋は昼間だと言うのに何処か薄暗い。性格の表れかと考えて、ならば我の部屋は常に暗闇なのだろうと小さく笑った。それから、今朝のことを思い出す。

病魔に冒され醜く爛れたこの身体を、あやつは素敵だと言った。嘘でも皮肉でも無く純粋な眼だった。初めて太閤が謁見した際には、周りにいた武将や軍師殿、太閤でさえも息を呑んだこの身体を。女中が見れば戦いて震えるこの身体を。あやつは、あやつだけは。


「…三成、蜜柑は好きか?」

「蜜柑?それがどうした」

「食わぬか?我の部屋に腐る程ある」

「蜜柑は身体にいいと聞く。半兵衛様に食べて頂こう」


三成は刀を仕舞うと立ち上がり部屋を出て行った。行動の早い奴め。その背中を追って、ふと思う。あやつが我に蜜柑を腐る程押し付けてきたのは、我の身体の為なのだろうか。流石にそれは自惚れだろうと思いつつ、また疼く胸を押さえた。





それはあまい痛み






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