朝起きて障子を開ける。その時吸った空気といったらおいしかった。空気を旨いと感じたことはなかったのに不思議である。再び冷たく新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んで身体を伸ばした。それから寒いと思って障子を閉めた。でも嫌な寒さじゃなかった。薄い青色の空も心地良かった。ぼんやり畳を眺めたあと私は弾けたように走り出す。井戸で顔を洗ってから部屋に戻り、髪を梳きながら寝巻の腰紐を一気に引っ張った。よそ行き用の少し高い着物を着て鏡で最終確認。肌の調子は良好、簪も上手く挿せた。部屋を出てお父さんとお母さんに挨拶をして朝ご飯を食べる。急いで食べたらお雑煮の餅を喉に引っ掛けてしまった。背中を叩くお父さんの手ほど頼もしいものはないだろう。

歯を磨いて家を飛び出した。せっかく綺麗に整えた着物が乱れるのも髪が崩れるのも気にせず走った。吐き出す息が白く滲む。草むらの朝露がきらりと光る。いつもと変わらない光景なのに今日はやけに素晴らしく思えた。履き慣れてない高い下駄の鼻緒が痛むけど我慢して走り続けた。血さえ出なければ大丈夫。走り続けて半刻もしないうちに目的地の家が見えてきた。歩きながら呼吸と着物と髪型を整えて深呼吸を繰り返す。すると家の前に長身の男が立っていた。腕を組んで寒そうにしてる男は私を見てゆっくりと口を開く。


「…来ると思った…」

「私もいると思ってた」


長次は組んでいた腕を解いて私の真ん前に立った。目が合うとニッと笑う。といっても笑ったのは私だけで長次は相変わらず仏頂面だ。ほとんど同時に軽く会釈する。長次の長い髪が胸元にさらりと流れて、それがやけに風雅に思えた。男のくせに色気のあること。長次は懐から笹の葉で包んだ餅を取り出して私に差し出した。受け取ったそれは柔らかいなりに弾力がある。長次の家の餅は美味しいから好きだ。でも今朝喉に詰めたばかりのそれはちょっとだけ怖かった。長次と一緒に餅にかじりつく。一口飲み込むと頬が緩んだ。美味しい。幸せ。今日は、全部が新しい日。冷たいけど気持ちいい風が吹いた。長次、と名前を呼ぶ。長次は視線だけ動かして私を見つめた。


「明けましておめでとう。今年もよろしくね」

「…あぁ」


一年が始まる。





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